2022年09月14日
◎最新号申込受付中! ≪人間力を高める2025年のお供に≫超高齢化社会を迎え、一人ひとりが幸せな最期をどう迎えるのか、社会的な関心が年々高まっています。在宅ホスピス医であり、ふじ内科クリニック(山梨県)院長・内藤いづみさんは、患者を幸せの中で看取る術を長年の経験の中で身につけてこられました。人の命の終焉にどう向き合うか。生命誌という分野を切り開き、科学者として独自の視点からいのちを見つめてきたJT生命誌研究館館長・中村桂子さんとの対談をお送りします。
各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。
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人のいのちに責任を持つ
〈内藤〉
私がこの20年間を振り返って1番大きい変化は、患者さんにモルヒネなど痛みを和らげる薬をたくさん使わないようになったことです。
昔はもう力ずくで痛みをゼロにしてあげようと躍起になっていたものだから、山梨県内で1番モルヒネを使う医者でした。いまはそういった薬をあまり使わないでも患者さんの痛みをうまく緩和して見送れるようになりました。
〈中村〉
それは素晴らしい。
〈内藤〉
その見立ては、やはり20年の蓄積かなと。人にはそのコツをなかなか教えられないのは、20年苦労しないとダメなんでしょうね。看護師さんたちには「内藤マジック」だって言われるんですよ(笑)。
何であの先生の患者さんは苦しむのに、内藤先生の患者さんはモルヒネをたくさん使わなくても最期までその人らしく幸せなのか不思議だって。
〈中村〉
それこそ時間の積み重ねでしかできないことでしょう。
〈内藤〉
最近の患者さんのお話をすると、その方は山梨県内の山奥に住まわれていました。最初は家族と85歳のご本人がクリニックに来られて、ぜひ私に診てもらいたいと。胃カメラのデータを見せていただいたら、胃の入り口に大きながんがあって、医者には余命が厳しいと宣告されました。
でもご本人は、病院は嫌だと。自分が暮らしてきたところで最期の日を迎えたいと言い張るので、では一緒に頑張りましょうと。それから定期的にお伺いしましたけど、何も大変なことが起こらずに、結局モルヒネも1回も使わないままに8か月で安らかに逝かれました。
〈中村〉
苦しむことなく。
〈内藤〉
ええ。それであと1週間くらいかなという時に往診に行きましてね。その日は親族の方がいっぱい集まっていてとても賑やかで、ご本人もニコニコされていたんです。
ところが私たちが着いた途端、奥さんに「俺のことはいいから先生たちにご馳走を出すように」と言い出しましてね。でもずっと看病しているわけだから、そんな暇はないわけですよ。
そのうち本人が怒り出すものだから準備が始まって、山菜料理やらいっぱいご馳走が出てきて、皆さんと一緒になって飲み食いしたんです。それがすごく楽しくて私たちは幸せで、その様子を見ているご本人もとても楽しそうでした。
〈中村〉
眼に見えるようだわ。
〈内藤〉
その時、私ふと思ったんですよ、これって体験したことがあるなって。何だろうかと考えたら、田舎の葬式の後によくやっていた宴会だったんです。だからある意味、本人が参加しているお通夜みたいな感じで。
それが亡くなる5日前のことでした。この時改めて患者さんを看取ることも祝祭になるんだなと思いました。
〈中村〉
いいドラマの完結ですね。
〈内藤〉
でもこればかりは毎回最後の最後まで分からないんです。途中で本人がギブアップして入院しちゃう人もいるし、家族がダメという場合もある。だから1つのドラマを「ご臨終です」というところに持っていくまでは、ずっと緊張感が続くんです。
〈中村〉
私たちのように、自分の都合でスケジュールを組むわけにはいかないのだから、本当に大変なお仕事ですよね。
〈内藤〉
人のいのちに責任を持つ仕事ですからね。でもその覚悟を決めさせてくれたのは、私が27歳の時に病院で出会ったユキさんというがん患者さんでした。彼女は当時23歳で、いずれは無数の管が繋げられて身動きできないままベッドで最期を迎えることが予想されました。
私、彼女に聞いてみたんです、「どうしたいか」って。そうしたら「家族と過ごしたい」と。それで私が往診することを約束して、彼女の望みを叶えてあげたんです。でもそれからは病状の急変が心配で1日に何度も電話を入れて確認したり、夜間の急変に備えてポケットベルをすぐ近くに置く生活が続きました。もう24時間、自分の自由になる時間は全くなかったんですけど、ある時ユキさんがこう言ってくれたんです。
「先生、私ね、大学病院の先生が100人いなくてもいいの。私には内藤先生がいるからいいの」
その4か月後に彼女は母親の腕の中で逝きました。いま振り返ると、私は彼女に出会ったからこの道を歩んでいこうとしたのではなく、自分の道に彼女がいてくれたんだと思うんですよ。
〈中村〉
まさに出会い。仕事の中で大事なのはそういう出会いね。
〈内藤〉
ええ。いのちに向き合う医療をやりたいという気持ちはそれ以前からずっとありましたから。ただ彼女は私が最初に看取った患者さんでしたので、いろんなことを教えてくれた先生でした。
(本記事は月刊『致知』2016年5月号 特集「視座を高める」から一部抜粋・編集したものです) ◎最新号申込受付中! ≪人間力を高めるお供に≫
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◇中村桂子(なかむら・けいこ)
昭和11年東京生まれ。お茶の水女子大学付属高等学校卒業後、東京大学理学部化学科に入学。同大学院生物化学科修了後、46年三菱化成生命科学研究所入所。早稲田大学人間科学部教授、大阪大学連携大学院教授を経て、平成5年からJT生命誌研究館副館長に。14年同館長に就任して現在に至る。著書に『知の発見』(朝日出版社)など多数。
◇内藤いづみ(ないとう・いづみ)
昭和31年山梨県生まれ。福島県立医科大学卒業後、三井記念病院内科、東京女子医科大学病院第一内科等を経て、61年英国に移住。英国のホスピスムーブメントに学ぶ。平成3年に帰国後、7年ふじ内科クリニックを開設、院長に就任。日本ホスピス在宅ケア研究会理事。著書に『いのちの不思議な物語』(佼成出版社)など多数。