世界の王貞治を生んだ、師匠・荒川博の“押しつけ”

読売巨人軍の元監督・藤田元司さんと、慶應義塾大学ラグビー部の元監督・上田昭夫さん。各競技で名将と仰がれた二人は、かつて『致知』誌上で「勝つための選手づくり、組織づくり」をテーマに対談していました。野球とラグビー、畑の違う二人の論が深く交わったのは、意外というべきか、「世界の王」こと福岡ソフトバンクホークス球団会長・王貞治さんのすごさでした。

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肉眼で見た「荒川道場」のすごさ

〈藤田〉
若い人たちの指導法として、レールに乗せられるまでは“押しつけ”が必要です。いい例が王貞治くんと、バッティングコーチだった荒川博さんとの関係です。868本のホームランを放ち、“世界のホームラン王”が誕生したのは、荒川さんが日夜にわたって練習を押しつけられたからです。

〈上田〉
あの有名な荒川道場ですね。

〈藤田〉
そうです。昭和34年に入団した王くんは一本足打法に切り替えて37年にホームラン王になりますが、それまでは苦しんで苦しみ抜いて練馬にある荒川さんのお宅に通いました。荒川さん宅の八畳間で素振りを200回ほどして球場に向かい、終わればまた寄って素振りを繰り返す。

荒川さんは居合をやっていて、ときには電気のかさのヒモに吊るした短冊の新聞紙を日本刀で切らせていました。真剣は重いので、バランスを崩せば自分の足を切ってしまいます。

二人は議論しながら、夜が明けるまでバットを振り続けることも珍しくなかったそうです。なにしろ特製の日本一丈夫な畳がすぐすり減って8枚が2、3か月しかもたないんです。

二人の関係こそ、まさに「憤せざれば啓せず」ですが、王くんだって苦しくて、どうにもならない精神状態になるときがあって喧嘩になる。「もう、やめる!」、「馬鹿野郎、やめちまえ」と二人が怒鳴り合うことがよくありました。

しかし、翌朝になると王くんは荒川さんに両手をついて謝罪していました。僕はそのような二人が羨ましくてね、荒川さん宅に行って、部屋の隅っこで眺めていました。

天才が努力するから超一流になる

〈上田〉
いいお話しですね。

〈藤田〉
荒川道場は王くんがホームラン王になってレールが敷かれたあとも続きました。続けなければあすから打てなくなるのではないかという危機感からで、だから継続したんです。おそらく5年、10年は続いたはずです。王貞治という人物の人格形成はそのように出来上がりました。

巨人軍の言い伝えに「新人には5年間、脇目もふらずに何かをやらせろ」というのがありますが、人間、ある時期はそういうことも必要です。

〈上田〉
荒川さん、王さんが求めたのは「道」というものかもしれませんね。

それでいま思い出したのはイチロー(オリックス)なんです。以前、彼を取材しましたが、イチローはトスバッティングも全力です。ぜいぜい息を切らせながら思い切り打ち抜いていました。

彼はどんなことにも一所懸命なんです。

〈藤田〉
そう、彼は手を抜かない。天才が努力するから余計すごいんだ。


(本記事は月刊『致知』2000年7月号 特集「憤せざれば啓せず」から一部抜粋・編集したものです)

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◇藤田元司(ふじた・もとし)
昭和6年愛媛県生まれ。慶應義塾大学を卒業後、日本石油を経て32年読売巨人軍に入団。新人王、MVP(最高殊勲選手)2回。39年現役引退。56年監督に就任、通算7年の監督生活で4度のリーグ優勝、2度の日本一となる。平成8年野球殿堂入り。18年死去。

◇上田昭夫(うえだ・あきお)
昭和27年東京都生まれ。慶応義塾大学ラグビー部で活躍後、東京海上火災を経てトヨタ自動車に入社、53年にラグビー日本一になる。現役引退後の59年、慶応義塾大学ラグビー部監督に就任、61年日本選手権に優勝。62年フジテレビ入社。平成27年死去。

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