2021年08月18日
〈左が荒井氏、右が鍵山氏〉
雨天とのせめぎ合いの中、熱闘が続く夏の甲子園。コロナ禍で開催が危ぶまれていたものの、全国強豪の球児たちが観る人に多くの勇気と感動を与えてくれています。本日ご紹介するのは、2013年に甲子園初出場、そして初優勝という快挙を成し遂げた前橋育英高校です。その強さの源には、荒井直樹監督が大事にする「凡事徹底」の教えがありました。まさにこの教えを説き続けてきたイエローハット創業者の鍵山秀三郎さんと、強いチームづくりの軌跡を披歴いただきました。
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生徒を成長させた野球ノート
〈鍵山〉
先ほど凡事徹底をチームのスローガンにされているとおっしゃっていましたが、この言葉を生徒にはどう伝えているのですか。
〈荒井〉
凡事徹底の下に「本物とは、中味の濃い平凡なことを積み重ねること」と書いて、いろんなところに貼らせていただいています。
新入生が入ってきて、すぐにはなかなか伝わりませんけど、口で言うのではなく、私や上級生が率先していくことでだんだん浸透していきます。だから、上級生には「背中を見せて伝えていけ」ってよく話しています。
〈鍵山〉
いま、この宇宙には無数の電波が流れていますよね。しかし、ある電波を聞くには、特定の波長に合わせなければいけないんです。
凡事徹底という言葉はずいぶん世の中に流れているわけですが、ほとんどの人は目に見えても入ってこない、聞こえても本当の意味では聞こえない。やっぱり周波数を絞っていった時に初めて、理解できるんですね。それを荒井監督は見事に指導されたと感じました。
〈荒井〉
私もいろんなことを選手に話をするんですけど、同じことを言っても伝わる子とそうじゃない子は当然いると思うんです。
〈鍵山〉
逆に言えばですね、周波数1つ狂ったって雑音ですよね。ピタッと合わないといけない。
〈荒井〉
おっしゃるとおりですね。やっぱり全体に話をしてもなかなか伝わりづらいので、私は「野球ノート」というのを選手にずっとつけさせているんです。
〈鍵山〉
それはどういうものですか。
〈荒井〉
その日どんな練習をしたか、何を感じたか、指導者から言われたことで印象に残っている言葉、それをノートに書いて、週に1回提出してもらう。それに対して私が一人ひとりにコメントを書いて返していくんです。
最初は「俺にいいように思われようなんてことは考えなくていいから、自分が振り返った時に使えるノートにしろよ」と言って始めました。半年前にどんな練習をしたか、自分がどんな思いだったかなんて分かるはずがありません。
ですが、残しておけば振り返って確認もできますし、「自分は成長したな」とか「この頃のほうがもっと燃えていたな」って感じることが大事だと思っています。
〈鍵山〉
時に立ち止まって、自分を見つめ直したり、検証したりすることは非常に大切ですね。
〈荒井〉
選手には「聞きたいことがあれば何でも書いてきていいぞ。どんどん俺を使え」と言っていて、私が分からなければ必ず分かる人に聞いて答えを持ってくるようにしています。
ただ、やっぱりこんなことまで言ったかなっていうくらい指導者のコメントを事細かに書いてくる子もいれば、1、2行しか書いてこない子もいるわけですね。
〈鍵山〉
監督の言葉をどんなふうに受け止めるかで、選手の状態が見えてくるのではないですか。
〈荒井〉
そうですね。一所懸命よく書いている子は、たぶん変わってくるだろうなと感じますし、なかなかそうじゃない子は、やっているふりだけしているんだなって。
いまの新3年生のキャッチャーの子はノートの内容が薄かったんです。で、この春卒業した3年生の控えキャッチャーだった子は試合には出られなかったんですけど、ピッチャーの状態なんかをもの凄く丁寧に書いていたんですね。
私はその子を信頼していたので、「ちょっと後輩に見せてやってくれないか」と。そうしたら、その後輩に向けてびっしりコメントを書いた上でノートを渡してくれたんです。それから変わりましたね。ノートに書く内容も、練習に対する取り組みも。
私がいくら言っても変わらなかったんですけど、そういう刺激も必要なんだなと凄く感じました。
〈鍵山〉
教育哲学者の森信三先生がこういう言葉を残されています。
「目を開いて眠っている人を起こすことはできない」と。
これは要するに、見てはいるんだけど本当には見ていない。聞いてはいるけれども本当には聞いていない人のことを言っているのだと思います。
これはもう本人の資質もあるし、いろんな環境にも左右されます。しかし、それを先輩の生徒がコメントしたことによって、目を開いて眠っていたのが目を開いて起きたということですよね。
大事なのは全体のレベルを上げること
〈鍵山〉
いまお話を伺っていて感心したのは、荒井監督はこの人には親切に、この人には疎かにという差別をせず、選手一人ひとりに対して同じように指導されているということです。
〈荒井〉
本当に周波数を合わせていくには全員に同じだけ時間と愛情をかけなければいけないと思っています。ただ、部員が54人いる中でレギュラーは九人、ベンチ入りできるのは甲子園では18人と枠が決まっていますから、どうしても競争の中でベンチから外れてしまう選手が出てきてしまう。
〈鍵山〉
ベンチに入れない選手のほうが圧倒的に多いのですね。
〈荒井〉
そうなった時に、普段からほったらかしにしていると「自分はもうダメだ」「干された」ってなってしまうと思うんですけど、ちゃんと目をかけていれば、違う役割を自分でも見つけるだろうし、私が何か役割を与えた時にも素直に受け取ると思うんですね。
昨年の甲子園でもベンチ入りした選手の中で二人、ほとんど試合に出られない子がいたんです。で、彼らに試合に出ている選手の給水やアイシング(応急処置)をやってほしいと頼んだら、本当に献身的にやってくれました。
それと、三年生でベンチに入れなかった子が二人いたんですね。選手は夕食が終わると、近くの公園で練習するんですけど、その二人も一緒に素振りをしたりしているんですよ。ベンチから外れていますから試合には絶対出られない。それでも汗だくになってやっていたので、「こいつら、凄いなぁ」と感動しました。
そういう子たちが頑張るので、ベンチに入っている子も「もっとやらなきゃ」ってなるわけですよ。それが波長として嚙み合ったような気がします。
〈鍵山〉
素晴らしいですね。普通はなんであいつが入って俺が入れないのかということが起こりますよ、僅差(きんさ)ですから。ところが、ベンチに入れない選手が自分たちの代表として選ばれた選手を心から応援する。それにまた応える。まさに荒井監督のお人柄が選手間の信頼関係を強く結んだと感じました。
かつていすゞ自動車の風土改革を行った北村三郎さんという方の書いた本の中に
「人間はやったふりをしているとやったつもりになる」
という言葉が出てくるんです。これは人間の性ですね。そういう領域の中にいると人間は成長できません。ところが、絶対ベンチに入れないにもかかわらず、黙々と練習している選手がいると。これがチームの土台を築き、全体のレベルを上げていったと思います。
会社でも、ごく一部の人が優秀なだけでは会社はよくならないんです。社員全体のレベルが上がらなければいけません。
(本記事は月刊『致知』2014年5月号 特集「焦点を定めて生きる」から一部抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。 🔥⚾名将に学ぶリーダーシップ🏟🔥
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時代が変わっても、観る者の心を熱くし続ける甲子園大会。球児たちの汗と涙、監督たちとそこに至るまでの道のりが、感動をより一層大きくしてくれます。
これまで月刊『致知』にご登場いただいた〝名将〟の指導論、知られざる有名選手のエピソードをまとめました。
◇鍵山秀三郎(かぎやま・ひでさぶろう)
昭和8年東京都生まれ。27年疎開先の岐阜県立東濃高校卒業。28年デトロイト商会入社。36年ローヤルを創業し社長に就任。平成9年社名をイエローハットに変更。10年同社相談役となる。創業以来続けている掃除に多くの人が共鳴し、近年は掃除運動が国内外に広がっている。日本を美しくする会相談役。
◇荒井直樹(あらい・なおき)
昭和39年神奈川県生まれ。58年日本大学藤沢高等学校卒業後、いすゞ自動車入社。31歳まで現役としてプレーを続ける。平成8年日本大学藤沢高等学校硬式野球部監督に就任。11年から3年間、前橋育英高等学校硬式野球部でコーチを務め、14年同部監督に就任。「凡事徹底」を信条とした独自の指導法を貫き、25年夏の甲子園では初出場ながら初優勝へと導いた。