2019年08月07日
今年も始まった夏の甲子園。全国の強豪校がしのぎを削り、高校球児たちが熱い戦いを繰り広げる甲子園は、見る人に多くの勇気と感動を与えてくれます。WEBchichiではこの甲子園開催期間、『致知』の記事から甲子園出場校の強さの秘密に迫ります。今回ご紹介するのは、2013年に甲子園初出場にして初優勝という快挙を成し遂げた前橋育英高校です。その強さの源泉には、荒井直樹監督が大事にする「凡事徹底」の教えがありました。※対談のお相手は、イエローハット創業者の鍵山秀三郎さんです。
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生徒を成長させた野球ノート
(鍵山)
先ほど凡事徹底をチームのスローガンにされているとおっしゃっていましたが、この言葉を生徒にはどう伝えているのですか。
(荒井)
凡事徹底の下に「本物とは、中味の濃い平凡なことを積み重ねること」と書いて、いろんなところに貼らせていただいています。
新入生が入ってきて、すぐにはなかなか伝わりませんけど、口で言うのではなく、私や上級生が率先していくことでだんだん浸透していきます。だから、上級生には「背中を見せて伝えていけ」ってよく話しています。
(鍵山)
いま、この宇宙には無数の電波が流れていますよね。しかし、ある電波を聞くには、特定の波長に合わせなければいけないんです。
凡事徹底という言葉はずいぶん世の中に流れているわけですが、ほとんどの人は目に見えても入ってこない、聞こえても本当の意味では聞こえない。やっぱり周波数を絞っていった時に初めて、理解できるんですね。それを荒井監督は見事に指導されたと感じました。
(荒井)
私もいろんなことを選手に話をするんですけど、同じことを言っても伝わる子とそうじゃない子は当然いると思うんです。
(鍵山)
逆に言えばですね、周波数1つ狂ったって雑音ですよね。ピタッと合わないといけない。
(荒井)
おっしゃるとおりですね。やっぱり全体に話をしてもなかなか伝わりづらいので、私は「野球ノート」というのを選手にずっとつけさせているんです。
(鍵山)
それはどういうものですか。
(荒井)
その日どんな練習をしたか、何を感じたか、指導者から言われたことで印象に残っている言葉、それをノートに書いて、週に1回提出してもらう。それに対して私が一人ひとりにコメントを書いて返していくんです。
最初は「俺にいいように思われようなんてことは考えなくていいから、自分が振り返った時に使えるノートにしろよ」と言って始めました。半年前にどんな練習をしたか、自分がどんな思いだったかなんて分かるはずがありません。
ですが、残しておけば振り返って確認もできますし、「自分は成長したな」とか「この頃のほうがもっと燃えていたな」って感じることが大事だと思っています。
(鍵山)
時に立ち止まって、自分を見つめ直したり、検証したりすることは非常に大切ですね。
(荒井)
選手には「聞きたいことがあれば何でも書いてきていいぞ。どんどん俺を使え」と言っていて、私が分からなければ必ず分かる人に聞いて答えを持ってくるようにしています。
ただ、やっぱりこんなことまで言ったかなっていうくらい指導者のコメントを事細かに書いてくる子もいれば、1、2行しか書いてこない子もいるわけですね。
(鍵山)
監督の言葉をどんなふうに受け止めるかで、選手の状態が見えてくるのではないですか。
(荒井)
そうですね。一所懸命よく書いている子は、たぶん変わってくるだろうなと感じますし、なかなかそうじゃない子は、やっているふりだけしているんだなって。
いまの新3年生のキャッチャーの子はノートの内容が薄かったんです。で、この春卒業した3年生の控えキャッチャーだった子は試合には出られなかったんですけど、ピッチャーの状態なんかをもの凄く丁寧に書いていたんですね。
私はその子を信頼していたので、「ちょっと後輩に見せてやってくれないか」と。そうしたら、その後輩に向けてびっしりコメントを書いた上でノートを渡してくれたんです。それから変わりましたね。ノートに書く内容も、練習に対する取り組みも。
私がいくら言っても変わらなかったんですけど、そういう刺激も必要なんだなと凄く感じました。
(鍵山)
教育哲学者の森信三先生がこういう言葉を残されています。「目を開いて眠っている人を起こすことはできない」と。これは要するに、見てはいるんだけど本当には見ていない。聞いてはいるけれども本当には聞いていない人のことを言っているのだと思います。
これはもう本人の資質もあるし、いろんな環境にも左右されます。しかし、それを先輩の生徒がコメントしたことによって、目を開いて眠っていたのが目を開いて起きたということですよね。
(本記事は月刊誌『致知』2014年5月号特集「焦点を定めて生きる」から一部抜粋・編集したものです。『致知』にはあなたの人間力・仕事力を高める記事が満載です! 『致知』の詳細・ご購読はこちら)
◇鍵山秀三郎(かぎやま・ひでさぶろう)
昭和8年東京都生まれ。27年疎開先の岐阜県立東濃高校卒業。28年デトロイト商会入社。36年ローヤルを創業し社長に就任。平成9年社名をイエローハットに変更。10年同社相談役となる。創業以来続けている掃除に多くの人が共鳴し、近年は掃除運動が国内外に広がっている。日本を美しくする会相談役。
◇荒井直樹(あらい・なおき)
昭和39年神奈川県生まれ。58年日本大学藤沢高等学校卒業後、いすゞ自動車入社。31歳まで現役としてプレーを続ける。平成8年日本大学藤沢高等学校硬式野球部監督に就任。11年から3年間、前橋育英高等学校硬式野球部でコーチを務め、14年同部監督に就任。「凡事徹底」を信条とした独自の指導法を貫き、25年夏の甲子園では初出場ながら初優勝へと導いた。