宮内庁侍従長・渡邉允さんが語った、上皇上皇后両陛下の生き方

侍従長として10年半にわたって上皇上皇后両陛下に仕えてきた渡邉允さんが2022年2月8日、85歳でお亡くなりました。渡邉允さんが身近で見た両陛下の生き方は、多くの人に感動を与えてきました。渡邉さんのご冥福を祈り、弊誌にご登場いただいた際のインタビューをご紹介します。

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一年を通して働きづめの両陛下

〈渡邉〉
両陛下は毎朝6時にはお目覚めになり、お二方で吹上御苑の森の中を散歩なさっています。驚くべきことに、ご病気の時を除いて、この6時起床を変えられたことはありません。
 
普通はその日の予定に合わせて起床時間を決めたり、休みの日は遅くまで寝ていたくなるものでしょう。しかし、1年を通じてその時間を変えないという規律を自らに課しておられる。そこに私は、陛下の一貫した強靭な意志力を垣間見る思いがします。
 
私が毎朝9時に出勤すると、両陛下は既に書斎に入られ、いつもお仕事をされていました。両陛下の1日は本当にお忙しいものです。
 
例えば、まず午前中、宮中三殿で宮中祭祀を執り行われた後、午後は宮殿に行かれて社会福祉関係者の拝謁や認証官任命式(国務大臣その他の官吏を任命し、辞令を交付する儀式)がある。その後、新しく着任した外国大使夫妻のためにお茶会をなさり、夜は御所で、近く訪問予定の国の歴史について学者の話をお聴きになる。
 
通常、夜10時半が御格子(陛下が御寝になること)となっていますが、たいてい両陛下はそれ以後も、翌日の行事のための資料や式典で読まれるおことばの原稿に目を通したり、外国の国王王妃にお手紙を書かれたりされているようです。
 
このように朝から晩まで次々と性質の異なるお仕事に取り組まれており、それが1年を通して続くことになります。両陛下がお出ましになる大きな行事や式典は、休日や祝日に行われることが多いため、5日働いて2日休むという生活のリズムもないのです。

宮中祭祀に懸ける思い

〈渡邉〉
そこまでしてご公務に邁進される陛下の根底にあるもの――それは「国民のために」という思いにほかなりません。陛下のその思いが一つの形として具現化される場が「宮中祭祀」です。
 
宮中祭祀とは、陛下が国家国民の安寧と繁栄をお祈りになる儀式のこと。陛下の1年は、元旦朝5時半から執り行われる「四方拝」で始まります。外は真っ暗、しんしんと冷えている中、白い装束を身にまとい、神嘉殿の前庭に敷かれた畳の上に正座され、伊勢神宮をはじめ四方の神々に拝礼される。
 
その後、宮中三殿に移られ、「歳旦祭」を執り行われます。宮中三殿とは賢所、皇霊殿、神殿の総称で、それぞれ天照大神、歴代天皇と皇族の御霊、八百万の神々が祀られています。そこで五穀豊穣や国民の幸福をお祈りになるのです。
 
陛下が執り行われる宮中祭祀は年間20回程度ありますが、その中で最も重要とされる祭祀が11月23日の「新嘗祭」です。

その年に収穫された農産物や海産物を神々にお供えになり、神恩を感謝された後、陛下自らもお召し上がりになる。夜六時から8時までと夜11時から深夜1時までの2回、計4時間にわたって執り行われ、その間、陛下はずっと正座で儀式に臨まれます。
 
我われも陛下がいらっしゃるお部屋の外側で、同じように2時間正座を続けるのですが、これは慣れている人でも難儀なことです。私は毎年夏を過ぎると正座の練習を始めていました。
 
ある時、陛下のもとに伺うと、居間で正座をしながらテレビをご覧になっていたことがありました。やはり陛下も練習をなさっているのかと思ったのですが、後からお聞きしてみると、陛下はこうおっしゃったのです。

「足が痺れるとか痛いと思うことは一種の雑念であって、神様と向き合っている時に雑念が入るのはよくない。澄んだ心で神様にお祈りするために、普段から正座で過ごしている」

その取り組み方1つとっても、専ら肉体的な苦痛を避けたいと思っていた私とはまるで次元が違うと感服した瞬間でした。

元旦の「四方拝」「歳旦祭」に始まり、春分の日の「春季皇霊祭」、秋分の日の「秋季皇霊祭」、天皇誕生日の「天長祭」など、宮中祭祀の多くは国民の祝日に行われています。つまり、私たちが休んでいる時に、陛下は国民の幸福をお祈りされているのです。そのことを私たちは忘れてはなりません。

国民が第一 自分は二の次

〈渡邉〉 
両陛下が大切にしてこられたものの中には、さきの大戦の戦没者の慰霊、沖縄県民への心づかいなど様々なものがありますが、福祉施設へのご訪問もその1つでしょう。
 
ご即位10年の記者会見で、

「障碍者や高齢者(中略)に心を寄せていくことは、私どもの大切な務めであると思います」

とおっしゃっているように、両陛下は各地を訪ねられる際、最低でも1か所は近辺の老人ホームや障碍者施設、保育所などの福祉施設に足を運ばれています。
 
さらに、平成に入ってからは、こどもの日、敬老の日、障害者の日(現在は障害者週間)に、毎年それぞれ関係のある施設を訪ねてこられました。これまで実際にお訪ねになった福祉施設の数は国内だけでも500を超えています。
 
加えて、災害のお見舞い。これもまた両陛下が大事になさっていることの1つだと思います。
 
両陛下が平成になって初めて大災害のお見舞いに行かれたのは、平成3年の雲仙普賢岳噴火の時でした。その時から現在まで一貫して変わらないのが、避難所をお訪ねになり、床に膝をついて一人ひとりの被災者と丁寧に話しておられる両陛下のお姿です。これはよくテレビでも報道されているので、ご存じの方も多いでしょう。
 
ただ、両陛下はそういう大災害の時にだけ国民のことを心配されているのではありません。日本は自然災害の多い国ですから、台風や地震、川の氾濫などもしょっちゅう起こります。その度に、どこの誰がどういう被害を受けたかということを心にかけておられるのです。

あれは私が侍従長に就任して間もない頃だったと思います。宮殿で陛下と二人でお話をしていた時、急に大きな地震が起こりました。建物がガタガタと音を立てて揺れるほどの規模だったため、私は慌てふためいてしまいました。ところが、陛下は泰然とされ、スッと立ち上がって部屋のテレビを見ておられる。
 
しばらくすると、「震度いくつ」「震源地はどこ」「津波の心配はありません」といった地震速報がテロップで流れました。陛下はそれをご覧になると、「ああ、これなら大丈夫」とおっしゃって、お仕事を始められたのです。その間、一切ご自分の身を案じられるようなことはありませんでした。
 
突発的な天災に見舞われた時、人は誰しも真っ先に自分や自分の家族のことを心配するものでしょう。しかし、陛下はいつ、いかなる時も国民の安全や幸福を第一にお考えになっているということを身を以て実感しました。


(本記事は月刊『致知』2013年7月号 特集「歩歩是道場」から一部抜粋・編集したものです)

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◇渡邉允(わたなべ・まこと) 
昭和11年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、34年に外務省入省。駐ヨルダン大使、中近東アフリカ局長、儀典長などを歴任。62年には天皇皇后両陛下(当時は皇太子同妃両殿下)の訪米に随従。儀典長だった平成6年には両陛下の欧米訪問に随行した。7年に宮内庁に移り、式部官長を経て8年12月に侍従長。19年6月に退任。

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