2019年06月27日
日本柔道界で無敵を誇り、オリンピック無差別級で金メダルを獲得した山下泰裕さん。横綱として日本の相撲界をリードしてきた白鵬。お互いの道を極めてきたお二人に、人生の本当の勝利者になるヒントを語り合っていただきました。
目指すべきは人生のチャンピオン
(山下)
いまのエピソードは白鵬関が心底、双葉山に惚れ込んでいる証拠ですね。
(白鵬)
はい。しかし不思議なのは、あれだけの大横綱なのに、いままで日本の力士で双葉山関のお話をされている人はいなかったんですよね。なぜなんでしょう。
(山下)
それは横綱に双葉山関の偉大さをキャッチする心があったからですよ。双葉山関を尊敬する横綱にして初めて69連勝を超える資格がある。前回の挑戦は63連勝で惜しくも双葉山の記録を更新できませんでしたが、資格は十分あるわけですから、ぜひ頑張っていただきたいですね。
(白鵬)
ありがとうございます。
(山下)
出会いの大きさという意味では、私も素晴らしい恩師との出会いが人生を決定づけました。
私が入った中学は、その時点で9年間公式戦無敗の記録を持っていました。そのくらい強い柔道部だったのですが、先生が大切にされていたのは「人生の勝利者、人生のチャンピオン」になることでした。
(白鵬)
それは素晴らしい教えですね。
(山下)
分かりやすい例では、この話はよく覚えているんです。
「みんなの中から将来日本チャンピオンになって、日の丸を胸につけて国際舞台に出ていく、そんな選手が出てくれたら俺は嬉しい。夢は大きく持って、その夢に向かって毎日頑張れよ」と。そういう話から始まって、しかし途中から転調するんですね。
「しかしな、どんなに柔道で頑張って日本一になった、世界一になったとしても、選手としてやれるのは30歳くらいまでだ。大事なのは柔道で頑張ったことを人生に生かすことだ」
「柔道でチャンピオンになれる人は一人しかいない。しかしその人が人生のチャンピオンになれるかどうか分からない。柔道で学んだことをみんなが普段の生活の中で一所懸命生かしていけば、全員が人生のチャンピオンになれる。柔道はそのためにやるものだ」
さらに具体的なこともおっしゃっていました。
「みんな俺の話を真剣に聞いてくれているよな。大事なのは俺の話を聞くような気持ちで、みんなのことを思ってくれているお父さん、お母さん、担任の先生の話を聞くことだ」
「道場でできることと日常生活を一致させることが大切だ。道場では挨拶もするし、ルールも守る。夢に向かって努力もするし、仲間と力を合わせ、戦った相手のことも思いやる。それを道場で終わらせるな。人生に生かすんだ」
こんな話をたびたびされたんです。わんぱく坊主だった私も、そういう話がスーッと心に入ってきたんです。
(白鵬)
そういう先生、いま日本の国に少ないのではないですか。
(山下)
そうかもしれません。本当に運よくそういう恩師と私は出会うことができました。しかし、そういう指導者との出会いを日本の柔道界やスポーツ界に広げていくために、もっともっと人材を育てていくことが私の一つの役割だと思っています。
人生を支える脊髄の力
(山下)
横綱とはこれまでも何度もお会いしてきましたが、きょう改めて思ったのは、お話ししていてすごく知性と品格を感じるんですね。やはり育ちなのでしょうか。お父さんはレスリングの銀メダリストでモンゴル相撲の大横綱。言ってみれば武の達人で、確かお母さんはお医者さんでしたか。
(白鵬)
はい。一度うちの家系の本を自分で書こうかと思っていますが(笑)、スターリンに唯一手を出したのはうちの伯父だといわれています。当時話すことすらままならない時代で、手を出すなんて考えられないことだったと思うのですが。
(山下)
スターリンに手を出したって、どういうことですか?
(白鵬)
殴ったということです。当時のモンゴルの首相でした。殴った後に辞任して、その後、暗殺されました。
(山下)
伯父さんがモンゴルの首相だったの?
(白鵬)
そうです。九代目の。
(山下)
それは知らなかった。
(白鵬)
母の弟が日本で大使をやっていたこともあって、私が日本へ来る時、母から昭和天皇の写真を持たされました。
(山下)
昭和天皇の写真を!? いまモンゴルだけでなく、日本に留学してくる方で天皇陛下の写真を持ってくる人はいないですよ。そうですか、そういうところからも天皇賜杯の涙に繋がっていくわけですねぇ。
だから、人生は本当に出会いですね。どんな親の元に生まれ、どんな師に巡り合うか。
(白鵬)
双葉山関も安岡正篤先生という方と出会い、「木鶏」という話を教わって、あそこまで頑張られたそうです。
双葉山関も最初は全然強くなくて、「うっちゃりの双葉」っていわれて、うっちゃりばかりだったと。それが十両から幕内に繰り上げられた時、急に強くなったそうで、その時に安岡先生という方に「木鶏」の話を聞いたんじゃないかといわれ、その話に感動して、そこから双葉山関の相撲が変わったそうです。
(山下)
人間はあたかも脊髄に火がついたような感動が走ったら、人生、変わるんですよ。
(白鵬)
ああ、モンゴル語にも「脊髄の力」っていう言葉があります。「ゴルビャル」と言います。
体の大きい人はいくらでもいるけれども、芯の力っていうのがあるんですよね。そこがしっかりしている人は、やっぱり強い。それは身体的な芯ということもあるでしょうし、精神的な芯ということもあると思います。
(本記事は『致知』2014年7月号「自分の花を咲かせる」から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、仕事の糧になる言葉、教えが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら)
山下泰裕(やました・やすひろ)
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昭和32年熊本県生まれ。東海大学卒業、同大学大学院修士課程修了。59年ロサンゼルスオリンピックで柔道無差別級の金メダルを獲得し、国民栄誉賞受賞。世界選手権3連覇、全日本選手権9連覇、対外国人選手生涯無敗、60年の引退まで203連勝など、数々の記録を打ち立てる。その後、指導者となりアトランタ及びシドニーオリンピック日本代表監督を務める。平成23年から東海大学副学長。25年全日本柔道連盟副会長就任。著書に『背負い続ける力』(新潮新書)などがある。
白鵬翔(はくほう・しょう)
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本名ムンフバト・ダヴァジャルガル。1985年モンゴル国ウランバートル市生まれ。2000年15歳で来日、宮城野部屋入門。2001年初土俵を踏む。2004年1月新十両昇進、同年5月には初入幕。2006年大関、2007年横綱昇進。2010年は63連勝(双葉山関に次ぐ史上2位)、横綱在位の全勝優勝10回(歴代1位)など、大相撲の数々の記録を樹立し、「平成の大横綱」と呼ばれる。