秀吉が黒田官兵衛より重宝した戦国武将・小早川隆景(渡部昇一)

戦国時代の名将200余人について、1,000巻の文献の中からその言動逸話が蒐集された貴重な一書である『名将言行録』(岡谷繁実・著)。この名著を紐解き、現代にも通じる武士の生き様を解説したのが弊社刊『「名将言行録」を読む』(渡部昇一・著)です。碩学・渡部昇一によって選び抜かれた29名の名将たちは、危機に遭遇した時そこで何を考え、どう行動したのか――。本書から小早川隆景の逸話をご紹介いたします。

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知謀に長けた男

〈渡部〉
隆景の深謀遠慮には(話を)聞く人が皆、感嘆したとありますが、それももっともでしょう。

これほど知謀に長けた戦国武将にも稀だといっていいと思います。隆景はあるとき黒田孝高(官兵衛)にこう語ったといいます。

「あなたは1を聞いて2を知るほど聡明だから、人の言葉を聞くとすぐに善悪の決断を行うことは水が低いほうに流れていくように簡単にできるでしょう。

しかし、十分に思慮を尽くさずに判断を下されるために、事によっては本意ではないこともあって後悔されることもあるでしょう。

しかし私は才が甚だ鈍くて人の話を聞いてすぐに決めることはできません。だから、心を尽くし久しく思案して、ようやく是非を弁ずるようにしています。

いつも心の中で十分に思慮を尽くしますから、ひとたび決断すると是であっても非であっても、全力を尽くしてあたります。
それゆえ、後悔することはあまりありません」

隆景は別のときにも、黒田孝高と自分を比較して、次のようにいっています。

「孝高は智は甚だ敏で、是非を決することは造作もない。
切れる刀で竹を2つに割るようなもので、世の中で彼に及ぶ者はいないだろう。

しかし、才覚武略の誉れは数多くあるけれど、思慮の誉れは聞かない。自分は孝高の才智には遥かに劣っている。孝高が思慮せずに即断することを、私は何度も何度も思案してようやく判断する。

しかし世の中の人は私のことをかえって智恵があるという。
これは、私が鈍才である分、すぐに決断せずにじっくり考えるためだろう」

これは確かな分析で、黒田孝高は頭がよくてすぐに判断を下すから非常に役に立つことが多かったのですが、一方で後悔することも多かったのです。

たとえば、秀吉が高松城の水攻めをしていたときに信長死すの一報がもたらされると、「殿、絶好の機会が巡って来ましたね」と秀吉にいって、かえって警戒されるということがありました。

信長の死は秀吉が天下を取るチャンスには違いなかったのですが、時と場合を弁えずに安易に口に出してしまったため、かえって「油断のならないやつ」と秀吉に警戒心を起こさせることになったのです。

その点、小早川隆景は、自分は考え抜いたうえで判断を下しているので後悔することは少ないといっているわけです。
この隆景の性格について、『名将言行録』にはこういう記述もあります。

「隆景、資性廉直、信義を重んじ、苟(いやし)くも戯言(ぎげん)なし。若(も)し一たび出言(しゅつげん)すれば、聊(いささか)も変改せしことなしとぞ」

先に見てきた隆景の行動を見れば、まさにその通りであろうと思われます。

秀吉が敬意を払った人物像

この隆景の思慮深さを表す話としては、次のような話も残っています。

「隆景、初め堪忍(かんにん)の二字を書きて壁に掛けしが、後には思案の二字に書替られたりとぞ」

我慢することだけではなく、よくよく考えることをいつも思っていたのです。

「隆景、或時(あるとき)急速のことありて、右筆(ゆうひつ)に物を書かするに、急用のことなり、静に書すべしと言われしとぞ」

この「急ぎだから静かに書きなさい」という言葉は、西洋の格言にもあります。ある人が「急ぎの手紙だったので長たらしくなって申し訳ありません」といったのですが、下手に急いで書くと、かえって回りくどい文章になったりするものです。
だから、急ぎの手紙は心を落ち着けて静かに書け、ということになるのです。このように、隆景は大変に思慮深い人物であったわけです。

隆景の人となりについて、『名将言行録』は次のようにいいます。

「隆景、人となり、姿容(しよう)美しく、沈断(ちんだん)謀慮(ぼうりょ)ありて、父、元就(もとなり)に類せり」

このような人物であったから、秀吉も敬意を払い重んじて、しばしば政事に参加させたのです。

「隆景、己を持すること慎密(しんみつ)、嬖幸(へいこう)之を忌むと雖(いえど)も中傷すること能わず」

嬖幸というのは、お世辞をいったり、ぺこぺこする人のことです。

秀吉の傍にいるぺこぺこしている家来たちは隆景を嫌ったけれど、隆景が慎重な人物であったから中傷することができなかったというわけです。

そして、秀吉が天下を平定するときに、隆景の考えが多く採用され秀吉がかける号令はみんな隆景が熟慮して決めたものであった、といわれるほどになりました。


(本記事は弊社刊『「名将言行録」を読む』〈渡部昇一・著〉から一部抜粋・編集したものです)

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◇渡部昇一(わたなべ・しょういち)
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昭和5年山形県生まれ。30年上智大学大学院西洋文化研究科修士課程修了。ドイツ・ミュンスター大学、イギリス・オックスフォード大学留学。平成13年から上智大学名誉教授。著書は専門書の他に『伊藤仁斎「童子問」に学ぶ』『日本の活力を取り戻す発想』『歴史の遺訓に学ぶ』など多数。最新刊に『渡部昇一一日一言』(いずれも致知出版社)。

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