シンギュラリティはやってくるのか?——人工知能が人間の知能を追い抜いてしまう時代

私たちの生活や仕事を大きく変革している人工知能。やがては人工知能が人間の知能を追い抜いてしまうシンギュラリティがやってくるとも言われています。人工知能において日本は大きく後れをとっていると警鐘を鳴らす東京大学名誉教授の月尾嘉男さんに、シンギュラリティの実際、人工知能について世界から大きな後れを取る日本の問題点などを語っていただきました。

シンギュラリティの問題点

〈月尾〉
情報革命では産業革命では考えられなかった事態が起こる可能性があります。それは、人工知能の驚異的な進歩がいずれ人間の知能を追い抜いてしまう「シンギュラリティ」問題です。
 
シンギュラリティは、情報技術研究の大家であり、アインシュタイン以来の天才学者といわれるレイ・カーツワイルが2005年に発表した考え方で、彼は「2045年には、人類全体の知的能力を一台のコンピュータが上回るだろう」と予言しました。
 
シンギュラリティの何が一番問題かというと、人工知能が複雑な計算を瞬時に行い、あらゆる物事の判断をしていく社会では、その判断結果は分かっても、そこに至るプロセスが人間の能力では分からなくなってしまうということです。

実際、アメリカで既にそのような問題が起き始めています。
 
いまアメリカの幾つかの州では、刑務所に入っている犯罪者を仮保釈するかどうかの判断を、再犯歴などのデータを基に人工知能が行っています。ところが、その判断結果を判事が見ても、人工知能がどのような計算に基づき判断を下したのかが分からないのです。
 
あるいは、いま人工知能を搭載した無人の「AI兵器」の開発が進んでいます。これまでは、人間が遠隔地からコンピュータを使って無人兵器を操作し、爆撃などを行っていましたが、最新のAI兵器は兵器自らが戦場で様々な情報を収集し、自らの判断で敵を攻撃するのです。ただ、その場合にも、攻撃に至った判断のプロセスは人間には分かりません。
 
そのような、判断のプロセスが人間には分からない社会が行き着く先を予言したのが、スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」(一九六八年)という映画です。この映画では、木星の衛星の探査に向かう宇宙船のコンピュータが人間に対して反乱を起こし、宇宙飛行士を殺すなどしていきます。シンギュラリティが訪れれば、「2001年宇宙の旅」で起こったことが現実になる可能性がないわけではありません。
 
人工知能でよりよい社会をつくっていくためにも、人工知能の進化を人間がどう制御し、うまく活用していくかについて、真剣に考えていく必要があります。

人工知能後進国、日本

〈月尾〉
ここからは、日本が具体的にどう人工知能と向き合い、国家百年の計を立てていけばよいのかを考えていきたいと思います。
 
まず知っておかなくてはならないのは、人工知能分野において、日本は世界の先端から大きな後れをとっている〝人工知能後進国〟であるということです。
 
例えば、今年発表された人工知能研究で最も進んでいる大学の順位を見ると、1位は中国の精華大学、2位がアメリカのカーネギーメロン大学、3位は中国の北京大学です。日本はようやく14位に東京大学が登場するくらいです。日本は人工知能の研究能力では遅れているのです。
 
そして、昨年アメリカで開催された人工知能学会(第31回)にアメリカを上回って最も多くの論文を応募したのは中国でした。ここに、ドナルド・トランプ大統領が中国を敵視し始めた背景もあります。日本は6位とはいえ、中国やアメリカと比べれば大差がついています。
 
 もう一つ、日本がいかに出遅れた状況になっているかを表しているのが、企業の時価評価総額の順位です。1992年の順位では、上から20位以内に日本企業が15社入っていました。

ところが、2018年を見ると、1位から4位までGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)と呼ばれるアメリカのベンチャー情報企業で、6位・7位も中国のテンセント、アリババと、どちらも情報サービス関係の企業です。

日本企業では、トヨタが37位に入っているだけで、情報企業は100位以内に一社も入っていません。
 
これが日本の現実なのです。

なぜ日本は出遅れたのか

〈月尾〉
日本がここまで凋落してしまった理由を端的に言えば、情報革命への対応、教育が遅れたということです。
 
1980年代、日本は自動車や半導体など、ものづくりの分野でアメリカを次々と抜き去り、得意の絶頂にありました。ところが、アメリカはその時になぜ負けたのかを反省し、日本に勝つための戦略を徹底的に研究し始めました。
 
そして、次の時代はものづくり産業から情報産業に社会構造が移っていくと判断し、そのための教育投資や産業育成に力を注いでいったのです。グーグルなどのベンチャー情報企業が一気に出てきたのも1990年代です。
 
2005年には、アメリカ科学財団が「これからはSTEM(サイエンス、テクノロジー、エンジニアリング、マセマティクス)教育を推進しない限り、世界の覇権は取れない」と提言しました。そこでオバマ前大統領は、就任した直後に「STEM教育に徹底して力を入れる」と演説し、実際に毎年数千億円を投資してきました。
 
日本はどうかというと、教育指導要領に「2020年から小学校でプログラミングを教える」ことをようやく盛り込んだところです。アメリカに10年以上遅れています。
 
また、日本は科学技術の研究予算を増加させてきませんでした。それにより、情報社会に求められる技術や産業の育成に十分な資金を投資できていません。
 
それからもう一つ、日本の大問題は、「ビッグデータ」が決定的に不足していることです。
 
例えば、アマゾンは1995年の創業以来、顧客の購入履歴などのデータを蓄え続けてきました。その膨大なデータによって、世の中の動向や消費者の需要を分析してきたわけです。GAFAの企業は、まだビッグデータという言葉がない頃からデータの持つ価値を理解していたのです。
 
一方で、当時から日本は購買データを重要だと思っていませんでした。数年前、ある大手企業の経営者に「購入履歴などのデータをどれくらい蓄積しているのですか?」と質問したところ、「1年で捨てている」という驚くべき答えが返ってきました。宝の山に気付いていないのです。
 
日本凋落の原因は、産業革命以来のものづくりの成功体験から抜け出せず、教育も産業も国民の意識も、情報革命に対応できていないことにあるのです。
 
もはや人工知能分野でアメリカと闘おうとしても、勝つのは困難ですし、国家レベルでデータを集めて管理している中国にも追いつくことさえできないでしょう。

(本記事は月刊『致知』2019年1月号 特集「国家百年の計」から一部抜粋・編集したものです。人生や仕事、人材育成のヒントが満載、月刊『致知』の詳細・ご購読はこちら

◇月尾嘉男(つきお・よしお)
昭和17年愛知県生まれ。40年東京大学工学部卒業。46年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。53年工学博士(東京大学)。都市システム研究所所長、名古屋大学教授等を経て、平成3年東京大学工学部教授。11年東京大学大学院新領域創成科学研究科教授。15年東京大学名誉教授。その間、総務省総務審議官を務める。著書に『日本が世界地図から消滅しないための戦略』(致知出版社)など。

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