34年前、来日したマザー・テレサが日本人に求めたこと——シスター鈴木秀子が語る

シスターとして60年間、人々の苦悩に耳を傾け、その心に寄り添い続ける鈴木秀子さん。『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』は、鈴木さんが8年にわたり手掛けてきた『致知』の人気連載から珠玉のエピソードを厳選、再編集した一冊です。本書に収録された25の物語の中から、マザー・テレサについて綴られた2篇をご紹介いたします。

◎各界一流の方々の珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数NO.1(約11万8000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。

たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら
購読動機は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください

何気ない言葉が人間を蘇らせる

(鈴木)
アメリカ人のある神父の話です。

彼は若い時、インドのマザー・テレサの「死を待つ人の家」でボランティアに従事していました。そこでの彼の役割は、風呂に入れられた病人をバスタオルで受け止めることでした。

ところが、始めたばかりの頃、痩せこけて体が変形した男性が目の前に現れ、思わず後ずさりしてしまうのです。後ろに並んでいたボランティアの人から強く背中を押され、勇気を振り絞って男性を抱きかかえました。

怖じ気づく神父を見るに見かねたのでしょう。マザーが代わりに男性を受け止め、体を拭いながら

「あなたは大切な人です。あなたは神様から許されて愛し抜かれています」

と静かに語り掛けました。

死人同然の男性がうっすらと目を開いて微笑みを浮かべたのは、まさにその時でした。

「たとえ死の間際であっても、憐れみや同情ではなく一人の人間として対等に接して くれる人が側にいるだけで、人は温かい愛に満ちた心に生まれ変わることができる のですね」

神父は私にこのように話してくれました。マザーの何気ないひと言によって人が甦っていく瞬間を目にしたことは、神父にとって終生忘れがたい出来事であったことは間違いありません。

マザーが死にゆく男性に施したのは、何も特別なことではありません。一人の人間として敬い、神様から愛されていることを祝福した、それだけのことです。しかし、そのひと言は苦しみと絶望の間を彷徨っていた男性には、何よりの喜びであり、力となるものでした。

よき人生は小さなことの積み重ねです。

身近な人とさりげなく心を通わし、相手に敬意を持って接するという小さな行いの中に、大きな喜びを感じ取れる人間になりたいものです。

見返りを求めない生き方

マザー・テレサが1984年に来日されてすぐに私が教えている東京の聖心女子大学の講堂で講演されたことがありました。私はこの時のマザーの挨拶がいまでも強く心に残っています。概略次のようなものでした。

「日本では路上で行き倒れて死んでいく人、膿にまみれてハエにたかられている人はいません。しかし、日本を歩きながら大変なショックを受けました。街はきれいだし、とても賑わっているのに、その街を歩く人たちの顔に笑顔がないのです。皆さんの悲しそうな表情が心に焼きつけられました。

インドの貧しい人たちは体は病んで苦しんでいますが、日本人は心の中にぽっかり穴があいているのではないでしょうか。貧しい人たちの体をケアする必要があるように、寂しい思いをしている日本の人たちには、ちょっとした言葉をかけてあげてください、温かい笑顔を見せてあげてください。それは私がインドで貧しい人々にしているのと同じことなのです」

話を聞きながら、マザーの日本に対する思いの深さや愛に満ちた生き方、信仰を貫く姿勢に改めて心打たれたものでした。

カルカッタに「死を待つ人々の家」を開設し約半世紀にわたって貧しい人たちの救済にその一生を捧げたマザーも、最初からぶれない芯の強さがあったわけではありません。

貧民街で救済活動を始めた頃は、「餓えている人たちはインド中にごまんといるのに、そんなことをしても焼け石に水ではないですか」という批判が相次ぎ、さすがのマザーも挫けそうになった時があったと聞いています。

しかし、そういう厳しい環境に身を置き、日々献身的な活動を続ける中で、マザーやシスターたちの信仰、神との絆は次第に深まっていったのです。


(本記事は致知出版社刊『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』〈鈴木秀子・著〉より一部を抜粋・編集したものです)

古今東西の「名作」文学・詩集の言葉が教える生き方の知恵

▲「人生を照らす言葉」ってどんな内容? 詳しくはこちら

◉鈴木秀子さんの『致知』へのメッセージ◉

私たちを取り巻く現実には、自然界を含め、あらゆる面で、急速で、大きな変化のうねりが押し寄せております。そうした日常の中で、ぶれることなく、人間として成長し続けるためには、大きな力が必要とされます。

致知出版社は、40年間、月刊誌『致知』および多くの出版物を通して、この力を多くの人々に伝え続けてきました。人間として最も大切な精神力や徳を、日々の生活の中でどのように養って行き、他の人を尊重しながら、協力し合い、世に貢献していくかを、具体的に示唆する尊い役割を果たし続けてきました。こうした今の世に得難い存在である『致知』のますますのご発展をお祈りし、心からお祝い申し上げます。


◇鈴木秀子(すずき・ひでこ)
東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学教授を経て、現在国際文学療法学会会長、聖心会会員。日本で初めてエニアグラムを紹介したことで知られる。著書に『幸せになるキーワード』(致知出版社)『9つの性格』(PHP研究所)など。新刊に本連載の感動的な話をまとめた『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』(致知出版社)。

人間力・仕事力を高める記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

『致知』には毎号、あなたの人間力を高める記事が掲載されています。
まだお読みでない方は、こちらからお申し込みください。

※お気軽に1年購読 10,500円(1冊あたり875円/税・送料込み)
※おトクな3年購読 28,500円(1冊あたり792円/税・送料込み)

人間学の月刊誌 致知とは

人間力・仕事力を高める記事をメルマガで受け取る

その他のメルマガご案内はこちら

閉じる