超高齢社会は「スロトレ」で乗り切れ! 筋力の専門家(東京大学大学院教授)・石井直方が伝授する健康維持の秘訣

超高齢社会へと突き進む日本では、ただ長く生き永らえるだけでなく、いかに元気に天寿を全うするかが問われています。筋力の専門家として高齢者の体力づくりに取り組む石井直方さんに、生きる力を発揮し、充実した人生を謳歌する心得についてお話しいただきました。

年間10万人もの高齢者が、転倒によって寝たきりに

私が中学生の頃、遺伝子の構造を提唱したワトソン氏とクリック氏がノーベル賞を受賞したことを契機に、生命科学という学問が一躍脚光を浴びるようになりました。私も一般向けに発刊された多数の関連書籍を読み耽るうちに、自分はなぜ生きているのかという命の仕組みに関心を抱くようになり、大学に進んで筋肉の研究をするようになりました。

筋肉の面白さについては、既に高校生の時から実感していました。夏休みに時間を持て余し、自ら思い立って毎日腕立て伏せや腹筋などの筋力トレーニングを続けたところ、ひと夏で見る見るうちに体が強くなり、腕相撲では上級生も含め、学校で誰も敵う人がいなくなったのです。その後、ボディービルを始めて日本で優勝を果たし、世界選手権でも3位に入賞しましたが、人間のちっぽけな筋肉が、鍛錬によって考えられないほど重たいものを持ち上げられるようになる不思議さを実感してきたことも、筋肉の研究に打ち込む大きな要因となりました。気がつけば、研究を始めて早38年になります。

高齢者向けのトレーニング方法の開発に取り組むきっかけになったのが、1990年頃、アメリカで大きな注目を集めた高齢者の転倒問題でした。10年後にはその一番の要因が筋力の低下にあることが立証され、それまで健康のために走ることが推奨されていたエアロビック大国で、にわかに筋トレがブームになったのです。

アメリカ以上に高齢化が進む日本では、転倒が元で寝たきりになってしまう高齢者が年間10万人にも上ります。私は、高齢者が安全に行えるトレーニング法の必要性を強く実感し、スロートレーニング(スロトレ)という方法を開発しました。

スロトレはその名のとおり、ゆっくりと体を動かすことで、体にあまり負荷をかけず、短時間に効率よく筋肉を鍛えることのできるトレーニングです。体をゆっくり動かすのは、筋肉を持続的に緊張させ、内部の血流を制限するためです。それによって、筋肉を動かす時に発生する乳酸などの代謝物質が外に運び出されず、筋肉が激しく動いた場合と同様の効果が得られます。

高齢の方の筋力づくりにとても適しているので、自治体や老人介護施設などで導入が進んでいます。冒頭でご紹介した埼玉県三郷市の「シルバー元気塾」でもスロトレを一部導入しています。

自立した生活はまず足腰の鍛錬から

長く健康を維持していくためには、体のどの部分も大切であることはいうまでもありませんが、とりわけ足腰は重要です。

足腰の筋肉は加齢の影響を最も受けやすく、どんどん細く、弱くなっていきます。足は体の機能でいうとロコモーターと呼ばれ、ここが衰えれば思うところに移動できなくなります。また、いくら足が丈夫でも、体の要である腰(体幹)が弱れば、ふらふらしてちゃんと歩けなくなります。足腰が衰えると自立した生活もままならなくなり、たちまち要介護となってしまうのです。

足腰が丈夫であれば活動の場も広がり、それが脳へもよい刺激をもたらしてくれます。まずは足腰を鍛えることが元気に天寿を全うする上でのとても重要なカギとなるのです。

ここで、足腰を鍛えるためのスロトレ「スロースクワット」をご紹介します。

●スロースクワットのやり方

①両脚を肩幅くらいに広げて立ち、両手を真っすぐ体の前に伸ばす。中腰になり、両足のつま先を外側にそれぞれ三十度くらい開く

②椅子に腰掛けるイメージでおしりをやや後ろに引きながら、ゆっくりと四秒ほどかけて、膝が九十度になるくらいまで腰を下ろす

③息を吐きながら、ゆっくり四秒ほどかけて膝を伸ばし、立ち上がる。この時、膝を完全に伸ばしきらない段階で、②~③の動作を繰り返す

各々の体調に合わせて少しずつ回数を増やしていき、8回を1セットとし、休憩を挟んで3セットできるようになれば、お年寄りでもかなり筋力がついてきます。

健康であることが根本的な社会貢献

私がこれまでの研究を通じて実感しているのは、筋肉を使うことは、単にエネルギーを消費するだけではなく、体の中にもともと備わっている様々なメカニズムを引き出すことにも通じているということです。体を動かすことには、生きる力を命の根源から生み出す効果があるのではないかと私は考えるのです。

大自然の中で外敵から身を守りながら生きていく野生の動物にとって、体を動かすことをやめることは死に直結するといえます。人間も労働をして食べ物を手に入れる動物であり、体を動かすことによって生命の本質から喜びが生じるようなシステムがあるはずだと私は思っています。

私は、気分が落ち込んだ時には積極的に体を動かすようにしています。運動した後の爽快感には他では得がたいものがあり、心の状態がプラスに転じることで大抵の悩みも解決の糸口を見出せるものです。

運動に限らず、仕事、あるいは掃除などで汗を流した後、清々しい気分になった経験のある方はきっと多いと思います。落ち込んだ時にじっと考え込んでも、ますますネガティブなスパイラルにはまってしまいますが、そこで体を動かすと心の状態をマイナスからプラスに転換させる力が働くことを体験を通じて実感しています。

日本における高齢化の進展は同時に、若い労働力が減っていくことも意味しています。定年も従来の60歳から65歳に引き上げられましたが、日本は今後、高齢者がただ長生きをするだけでなく、社会の力になれる時期を少しでも長くしていく必要があります。

それは言い換えれば、心身ともに健康な状態をなるべく長く維持することが、誰にでもできる最も根本的な社会貢献になるということです。

積極的に体を動かし、鍛えることによってそれは可能となります。トレーニングに手遅れはありません。これまでの研究では、90歳以上になっても適切なトレーニングによって筋力がアップすることが報告されています。

大切なことは、体を鍛えることそのものが目的ではなく、鍛えた体を生かして人生や社会と積極的に向き合い、豊かな毎日を創造することです。

筋肉は、転ばないように私たちの体を支えてくれるものですが、充実した人生を支えてくれるのも、また筋肉なのです。

(本記事は『致知』2015年7月号 特集「生きる力」より一部を抜粋・編集したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載!詳しくはこちら

石井直方
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いしい・なおかた――昭和30年東京都生まれ。東京大学理学部生物学科卒業、同大学院博士課程修了。理学博士。専門は筋生理学、比較生理生化学、トレーニング科学。エクササイズと筋肉の関係から健康や老化防止まで、分かりやすい解説に定評がある。ボディービルダーとしても世界選手権3位入賞など、数々のタイトルを獲得した実績を持つ。著書に『スロトレ』(高橋書店)『筋肉革命』(講談社)などがある。

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