病気の子供たちを笑顔にする臨床道化師・塚原成幸

クリニクラウンによる国内初の組織を結成するなど、日本に新たな道化師文化を醸成してきた臨床道化師・塚原成幸さん。病気を抱える子供たちを笑顔にする活動にかける思いには、胸に迫ってくるものがあります。

一度しかない人生、一番やりたかったこと

〈村上〉
そもそも塚原さんが道化師になろうとされたきっかけは、何だったのでしょうか。

〈塚原〉
僕は東京生まれの東京育ちの人間で、出生地は渋谷です。街の中での生活ですから、人と体当たりで過ごすようなこともなく、そこにちょっと寂しさを覚えながら育っていきました。

新宿にある高校に進学してからは、毎日満員電車に揺られていたのですが、周りを見渡しても皆うつむき加減で楽しそうにしている人が誰もいない。多感な時期でしたから何で一車両の中に笑っている人が誰もいないんだろうかということが、非常に気になりました。

でも確実に自分もそうした大人たちに近づいているんだよな、ということを感じましてね。この現実だけがすべてだと思っていいのかという思いもあって、高校時代は休みになる度に郊外や他県に出掛けたり、夏休みには北海道の牧場で働くなどしていました。さらに大学に行ってからは海外に飛び出すことで、とにかく見聞を広めようとしていました。

その間に生身の人間としての表現活動やパフォーマンスに興味を持って、実際に演じながら旅を続けていたのですが、その最中でした、交通事故を起こしたのは。

〈村上〉
ああ、交通事故に。

〈塚原〉
いま思うと当時はちょっといい気になっていたと思うんですよ。どこへでも好きなところに行けて、パフォーマンスも楽しくやらせてもらっているうちに、自分は何でもできるんじゃないかと錯覚するようになりました。ある意味、夢がすごく広がっていた時期に、出鼻を挫かれるようにして半年間の入院を余儀なくされました。新聞に「大学生重体」と出るくらいの大事故で、生死を彷徨うような体験でした。

医者からは、退院できても走ったりするなどの運動は一切期待しないでくれと言われていて、足を曲げるのも難しいかもしれないと言われた時は、すごく衝撃を受けました。でもそのおかげで、人生というものを初めて意識するようになって、生きることに対して非常に前向きに、かつ真剣になれたのかなと思っています。

では将来何をやるか。どうせ一度しかない人生ならば、本当に妥協のない、一番やりたいことをやろうと思って、ベッドの上でずっと考えていました。そしてある時パッと出てきたのが道化師だったんです。退院後はその目標に向かって、とにかく一所懸命リハビリに取り組みました。

やっぱりお母さんが一番

〈村上〉
具体的にはどんなことをされているのですか。

〈塚原〉
例えば生まれてすぐの新生児が、NICU(新生児集中治療室)に入ったとします。そうすると、その子のお母さんの心理状態はどうかというと、「ごめんね、ごめんね」を連呼するというケースがほとんどです。というのも、生まれてすぐに保育器の中に入れられるので、自分の腕で抱くこともほとんど許されないんですね。

いまは500グラムで生まれてきた子もちゃんと育つといわれていますが、お母さんにしてみると、小さい状態で産んでしまったことで自分を責めてしまい、そんな自分を受け入れられないまま子育てがスタートします。そうすると子供が大きくなっていっても、そのことが気持ちの中にずっと残るんですね。だから子供の風邪がちょっと治りにくかったりすると、小さい時のことが影響しているんじゃないかというように、口には出さないけど引きずってしまう。

だけど気持ちを楽にしてくれる誰かが入ることによって、例えば病室にいる子供に近づいていくと、最初は驚いて泣き出したり、ちょっと嫌がったりする。その時に、「ああ、やっぱり嫌われちゃったな。お母さんちょっと顔を見せてあげて」と言って、お母さんに助け船を出してもらうんですよ。それでその子が泣きやんだりすると、「やっぱりお母さんは違うな」って言う。

もしくは「お母さん、近づいてきて、子供の手を握ってごらんよ。ほら、握り返したでしょう。助けてほしいのはやっぱりお母さんなんだよね」って伝えると、「ああ、やっぱり私を頼りにしているんだ。これからは私がしっかりしなきゃな」と思ってくれる。何でもないことかもしれないけど、この時間がすごく大事なんですね。

〈村上〉
そうやってお母さんに笑顔だけじゃなくて、自信を取り戻させるわけだ。

〈塚原〉
僕が臨床道化師として十年以上やっていてすごく無力だなと感じるのは、日頃子供と関わっている人には絶対に勝てないということです。

もちろん勝ち負けが大切なわけではないのですけど、勝てないですよ。例えば僕たちがどんなにステップを練習してダンスしたり音楽を演奏しても、刺激にはなりますけど子供たちの表面温度を温めるだけで心の奥底には届きにくいんですね。

ところが、お母さんが見よう見まねで半分苦し紛れのステップを踏んで汗だくになっていると、子供たちは表情を崩して笑うんですよ。これはすごいことです。だから何だかんだ言って、やっぱりお母さんなんだなと実感してもらうことが一番の役割ではないかと思っています。

〈村上〉
とても大事な役割ですね。

(本記事は『致知』2016年9月号 連載「生命のメッセージ」より一部抜粋したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載!詳しくはこちら

◇塚原 成幸(つかはら・しげゆき)
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昭和42年東京都生まれ。都留文科大学大学院卒業。平成3年シアター道芸(道化専門劇団)を旗揚げ。17年クリニクラウンによる国内初の組織を結成、日本クリニクラウン協会事務局長兼芸術監督に就任。20年から清泉女学院短期大学で非常勤講師として夏休みの集中講義を担当。24年同大学幼児教育科の専任講師。

◇村上和雄(むらかみ・かずお)
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昭和11年奈良県生まれ。38年京都大学大学院博士課程修了。53年筑波大学教授。遺伝子工学で世界をリードする第一人者。平成11年より現職。著書に『スイッチ・オンの生き方』『人を幸せにする魂と遺伝子の法則』、共著に『遺伝子と宇宙子』(いずれも致知出版社)などがある。

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