2019年01月29日
「値下げをしないための宣言書」へのサインを求めるところから始まるユニークなコンサルティングを全国で展開するスターブランド。トップコンサルタントとして活躍する村尾隆介さんに、小さな会社のブランド戦略についてお話しいただきました。
小さな会社が生き残っていくための発想の転換
ある小さな会社の会議室からこんな会話が聞こえてきました。
「社長、もう少し安くしたら売れると思うんですが……」
「A社はこれくらいの値段なので、うちはそれよりも安くしましょう」
本当は利益が全然出ていないのに、売り上げを上げて会社を回していくために安売りをするという発想から抜け出せずにいる――。これがいま多くの日本の中小企業が直面している課題です。
ところがもし仮に先ほどの会議室で
「社長、A社の1.5倍の値段をつけてみましょう」
「どうすればこの値段でもお客様から支持されるか考えてみましょう」
という具合に、商品の値段を上げる方向で議論が進んだとしたらどうでしょうか。きっとその会社の総合的なビジネス力はどんどん磨かれていくと私は思います。
私が小さな会社のブランド戦略に特化したコンサルタントを始めて10年近くが経ちますが、コンサルティングに入るにあたってクライアントに必ずお願いしていることがあります。それは「値下げをしないための宣言書」へのサインです。
今日まで仕事の現場では小さな努力の積み重ねによってコストダウンが図られてきました。確かにそのおかげで私たちの暮らしは豊かになりましたが、その一方で小さな会社やお店の経営者は他店との終わりなき安売り競争から逃れられずに苦しんでいます。
安売りによる落とし穴は何も不毛な価格競争だけではありません。他にも、
・売り上げは出ても利益が出ない
・理不尽なクレームが増える
・リピーターが減る
・アイデアのない会社になる
・組織づくりに時間が割けない
・仕事が増える
・広告しても値段しか覚えてもらえない
などが挙げられます。また、大きな会社から仕事を請け負ってきた中小企業の場合、より安価な海外の商品に押されて仕事を失うなどの落とし穴もあります。
それにもかかわらず安売りするという発想から抜け出せない背景には、高度経済成長期から唱えられてきた「よいものを、より安く」や「お客様は神様です」といった風潮が浸透していることが一因にあるようです。
しかし、よいものをいくら安くしても、それだけでは買ってもらえないのがいまの時代です。まして大クレーマー時代と呼ばれる昨今、すべてのお客様が神様とは言えなくなってしまいました。つまり安売りするだけでは誰も幸せにならないのです。これからの時代、小さな会社が生き残っていくためには発想の転換が必要なのです。
先ほど挙げた「宣言書」にはこう認めてあります。
「ちょっとくらい高くても、お客さまに喜んで支払ってもらえる価格を考え、関わるすべての人を幸せにするビジネスの実現に全力を尽くします」
ブランド戦略というと、かつては大きな会社だけのものと考えられてきましたがいまは違います。私どもは10年間の活動を通じて、小さな会社を対象としたブランド戦略を一つの新しいカテゴリーとして育ててきたのです。
自分の価値を高め、お店の価値を高める
一般的にブランド戦略というとロゴをつくったり、会社のイメージをつくるといったことを想像される方も多いと思いますが、私が現場でやっているコンサルティングは、事業を削ぎ落して絞り込む、これを「フォーカス力」と表現していますが、このフォーカス力を磨くことに仕事全体の八割近くを当てているといってもいいでしょう。そうすることで、小さな会社を瞬く間に地域業界でキラリと光る存在へと変えていくのです。
ここで、東京都内でカイロプラクターを営むクライアントが絞り込みに成功した事例をご紹介しましょう。カイロプラクターという職業はアメリカでは社会的地位が非常に高く、価格競争とは無縁の職業とされています。ところが日本では整体師やマッサージ師とどう違うのかということすら認識されておらず、価格競争に巻き込まれざるを得ないというのです。
いろいろとお話を伺っていると、その方は元実業団のマラソン選手で、引退後に資格を取って開業されたという経緯があったので、そこに着目してランナー専用のカイロプラクターに特化してはどうかと提案しました。
最初はそんなことをしたらお客様が減ってしまうと、不安を隠せない様子でした。納得していただくまでにかなり時間はかかりましたが、いざやろうということになると「ランナーズエイド・カイロプラクティック」と店の名称変更することを皮切りに、院内のフロアは陸上競技場内のトラック仕様のデザインに変えて、靴置場は短距離走で使うスターターを設置。さらに全国から集めた大会のゼッケンやユニフォームなど陸上にまつわるものを壁に飾り付けるなど、ランナーを刺激するような世界観を創り出していきました。
クライアントは最後の最後まで半信半疑でしたが、昨年再オープンしたところ、すぐに大学の駅伝選手が集まり始め、そのコーチや監督による口コミがどんどん広まり、さらにはランニング系の雑誌の取材が来るなど店の評価は一変しました。もちろん値下げは一切せずに、ランニングメニューを組んで提供することで逆に客単価を上げることにも成功したのです。
「誰が来てもいいですよ」というスタイルから、対象を絞ったことで自分の価値を高め、お店の価値を高めることに繋がったのです。
(本記事は『致知』2014年5月号 特集「焦点を定めて生きる」より一部抜粋したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載!詳しくはこちら)
◇村尾隆介(むらお・りゅうすけ)
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昭和48年東京都生まれ。14歳で単身渡米。ネバダ州立大学教養学部政治学科を卒業後に本田技研に入社。平成14年食品の輸入販売ビジネスの起業を経て、17年にスターブランドを3名の仲間とともに設立。著書に『小さな会社のブランド戦略』(PHP研究所)『安売りしない会社はどこで努力をしているのか?』(大和書房)など。