2022年02月27日
作家の石川真理子さんは、厳格な武家の娘として躾を受けて育った明治生まれの祖母と、12歳までともに暮らしていました。明治、大正、昭和――激動の時代を逞しく生きた祖母の言葉、生き方を大人になって思い返すと、戦後日本の女性が忘れてしまった「人としての心得」「女性としてのあり方」が散りばめられていることに気づいたと言います。著書『女子の武士道』〈致知出版社〉では、お祖母様の言葉を交えて、想いを綴っていただきました。
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「逆境こそがおのれに与えられた宝」
〈石川〉
人生というのは思いがけない出来事に満ちているものです。祖母は「なぜこんなときにこんなことが」と思わずにはいられない事態に見舞われても、必ず「これこそが宝だと心得るように」と教えました。もっとも、「あの苦労があったから今の自分がいるのだ」と思えるのはずっと先のことです。苦しみの渦中にいるときは、とてもではありませんが「困難は宝もの」などと思えるはずもありません。
すると祖母は「それでは安楽なときにこれでもかと歯を食いしばって上を目指すことができるかどうか、苦労して乗り越えることができるかどうか考えてごらん」と微笑むのでした。「ぬくぬくと心地よい布団にくるまっているときに、さあ努力しておのれを磨きなされといわれてできますか? ちょうどいい湯加減の温泉に浸かって歯を食いしばることができますかのう」言われてみればまさにその通りです。すべて順調な時には努力の「ど」の字も思い出すことはありません。
もし賢くも努力の大切さを思ったとしても、逆境のさなかにいるときと同じ程度のがんばりを発揮できるとは思えません。考えれば考えるほど、満たされているときに努力することは、逆境の中で歯を食いしばることよりも難しいのです。人は逆境を与えられるからこそ、よりよい自分になることができ、その精神を磨くことができるのです。やはりつらくとも逆境は宝なのです。
昭和13年から15年にかけて、家族にさまざまなことが起きました。大東亜戦争が始まると間もなく長男が徴兵され、騎兵隊として中国へ進軍しました。幕末から昭和初期まで生きた祖母の母が、その長い生涯の幕を下ろしました。なんといっても祖母を悲しませたのは、昭和15年に起きた、長女の夫の死でした。当時、結核で亡くなる人が非常に多く、闘病の甲斐なく妻と数え3歳の息子を遺してこの世を去ったのです。
わずか4年にも満たない結婚生活のすえ、妻とかわいい盛りの長男を残しての死は、本人にとってもどれほど無念だったことでしょう。それを歯を食いしばって耐えようとする長女の姿もまたいたましく、祖母は人知れず涙を流したのでした。けれど長女の前ではみずからを励まして、この逆境をともに受けとめて乗り越えてみせようという姿勢を見せたのです。
「娘の逆境は母の逆境でもあります。私はこの逆境を得がたい宝として受けとめようと思います。負けるものかと心を定めようではありませぬか。勇気を出して、なんの、という心意気で乗り越えるのです」
彼ら(武士)は逆境にも屈することのない、高邁な精神の厳粛なる化身であり、あらゆる学問の目指すところの体現者であった。別言するなら鍛錬に次ぐ鍛錬によって完成された、克己に生きる模範であったのである。この克己心こそすべてのサムライに求められた武士の教育の根幹だったといえる。(『武士道』より)
逆境こそがおのれを克服する力になる。祖母はこの教えを子や孫に貫いたのです。
◉働く女性として、妻として、母として、それぞれの立場で女性として品格を磨くには――? 『女子の武士道』には、石川さんがお祖母様の教えを「人生の心得55か条」に凝縮して綴っています。
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◇石川真理子(いしかわ・まりこ)
昭和41年東京都生まれ。12歳まで米沢藩士の末裔である祖母中心の家で、厳しくも愛情豊かに育つ。文化女子大学(現・文化学園大学)卒業。編集プロダクション勤務を経て結婚後はフリーライターとして活動。著書に『女子の武士道』『女子の教養』(いずれも致知出版社)『いまも生きる「武士道」』(講談社+α新書)『明治女が教えてくれたプライドのある生き方』(講談社)『新島八重 武家の女はまつげを濡らさない』(PHP研究所)などがある。