稀代の刀匠・松田次泰さんを支えるゼロ戦パイロットの言葉

古の名刀を超える技を目指し、人生のすべてを刀づくりに注ぎ込んできた刀匠・松田次泰さん〈写真〉。その仕事を支えているものの一つは、先の大戦で幾度も死線を潜り抜け、「大空のサムライ」と呼ばれた元ゼロ戦エースパイロット・坂井三郎さんの言葉でした。生前に日本刀の注文を受けた際の貴重なエピソードをお話しいただきました。※対談のお相手はJFEホールディングス名誉顧問・數土文夫さんです

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エリートコースを歩んだ人間は弱い

〈數土〉
それにしても松田さんのお仕事は、とてもサラリーマンのように一日8時間働いて終わりというわけにはいきませんね。

〈松田〉
そうですね。ただ逆に、休みたいと思ったら、いつでも休める仕事でもあります。

サラリーマンの方々はそうはいかなくて、少々体調が悪くても出なければいけないでしょう。僕らはそれを、自分の意思で管理しないといけません。だから、決まった時間に仕事を始めて、決まった時間にお昼を食べて、決まった時間に仕事をやめ、規則正しくやるように心掛けているのです。

この仕事はもともと刀が好きで始めたのですが、そうやって仕事に打ち込んで、次第に刀のことが分かってくると、日本文化の中で刀というのは非常に大切なものであることが実感されてきます。

例えば、日本刀がなくなって一番困るのは宮内庁ですよ。伊勢神宮の遷宮では50本の直刀と55本の矛が必要なのですが、それは刀鍛冶にしかつくれません。他の皇室行事もほとんどできなくなります。あいにくまだ十分に理解されていない部分ですが、僕はそういう使命感にも突き動かされて仕事に取り組んでいるわけです。

〈數土〉
お話を伺っていると、松田さんの人生はイコール仕事という感じがしますね。

〈松田〉
もうこの世界に入った時に他のことは諦めましたから。この刀匠という仕事が自分の人生なのだと肚(はら)を括(くく)って打ち込んできました。

僕ら刀鍛冶というのは、鉄を扱う鍛冶屋ですから、ナイフでも包丁でも何でもつくれます。だけど、そうして脇道に逸れた人間は皆潰れていくのです。そっちのほうで時間もエネルギーも消費してしまって、本来打ち込むべき刀に費やすエネルギーが削がれてしまうんです。

〈數土〉
松田さんのもとで励んでおられるお弟子さんにも、そういう戒(いまし)めはなさっていると思いますが、伸びていくお弟子さんの条件についてはどのようにお考えですか。

〈松田〉
どうでしょうか……。ハッキリしているのは、他人の評価は全く信用できないということです。ですから、それに影響されてはいけないと思いますね。

僕が弟子に入った頃、宮入先生の周りには取り巻きがいっぱいいて、よく弟子の評価をしていました。「あいつは伸びる」とか「あいつはダメだ」とか。ところが、「あいつは、今後の刀剣界を背負って立つ男だ」って言われていた人はほとんど伸びなくて、ダメだと言われた人のほうが活躍しているんです。

〈數土〉
ご自分では、伸びていくお弟子さんは分かりますか。

〈松田〉
やっぱり分からないですね。いいなと思っている人ほどやめていくんですよ。優秀だから、先が見えるんじゃないですかね。

〈數土〉
私はね、エリートコースを歩んできた人はダメだと思うんです。エリートコースというのは、上から大切にされて、波風当たらないようなコースを歩いてきただけですから。

それよりも、エリートコースじゃないところから苦労して出てきて、組織のために貢献して、チャレンジして、挫折感を味わったことのある人のほうが伸びてきますよ。最近の会社で、エリートコースなんていっているようなところはないと思います。

「二番だったら死んでいる」

〈松田〉
僕が何歳まで刀をつくり続けられるかは分かりませんが、やはり人生も仕事も、大事なことは諦めないということ、それしかないですね。

自分で「これだ」というものを掴むまでは、とにかくもう、やるしかありません。失敗しても、諦めないでやる。失敗にどれだけ耐えられるかです。

僕は40代の頃、何度も何度も失敗を繰り返しながらも、夢中で鍛冶場にこもって仕事をしていました。仕事を終えて鍛冶場を離れるともうフラフラで、すぐに眠り込んでしまうような生活を続けていたんです。

そういう厳しい仕事と対峙する中で、一つ自分を支える大きな力になったのが、零戦のエースパイロットだった坂井三郎さんとの出会いでした。坂井さんが80歳の時に、戦時中はいい刀を持てなかったので、改めて日本刀をつくりたいとご注文をいただいたんです。

その時に伺ったお話の中で、特に印象に残ったのが

「二番だったら死んでいる」

という言葉でした。

「空中戦の時に少しでも自分の体調が悪かったら死んでいました。体調管理できない人から戦死しています。自分を律せなかったら、私はいまここにいません」と。

これには身の引き締まる思いがしました。もし自分のつくった刀が二番の性能だったら、それを使った人は戦場で命を落としてしまうかもしれない。刀がそういう緊張感を伴ったものであることは、それまで頭では分かっていましたが、坂井さんのお話を伺って、実感として胸に迫ってきたのです。

〈數土〉
非常に示唆に富んだお話ですね。


(本記事は月刊『致知』2018年1月号 特集「仕事と人生」より一部を抜粋・編集したものです)

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正垣泰彦、田坂広志、堀義人、齋藤孝……人生・仕事の死中に活路をひらく一流たちの名言集

◇數土文夫(すど・ふみお)
昭和16年富山県生まれ。北海道大学工学部冶金工学科を卒業後、川崎製鉄に入社。常務、副社長などを歴任後、平成13年社長に就任。15年統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17年JFEホールディングス社長に就任。22年相談役。経済同友会副代表幹事や日本放送協会経営委員会委員長などを歴任し、26年東京電力会長。現在はJFEホールディングス特別顧問。

◇松田次泰(まつだ・つぐやす〈本名:周二〉)
昭和23年 北海道生まれ。北海道教育大学特設美術科卒業。49年刀匠・高橋次平師に入門。56年独立。平成8年日本美術刀剣保存協会会長賞受賞(以後特賞8回)。11年ロンドンで個展を開催。21年無鑑査認定。27年千葉県無形文化財保持者に認定。著書に『名刀に挑む』(PHP新書)、共著『日本刀・松田次泰の世界』(雄山閣)などがある。

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