チャレンジの前にあるチャンスを掴む 三屋裕子(日本バスケットボール協会 シニアアドバイザー)

東京2020オリンピックでの女子日本代表の銀メダル獲得、自国でのワールドカップ開催、男子日本代表の48年ぶりとなる自力でのオリンピック出場権獲得、パリオリンピックでの強豪国との熱戦をはじめ、かつてない盛り上がりを見せる日本バスケ界。その躍進を陰から支えたのが、2016年から昨年9月まで日本バスケットボール協会の会長を務め上げた三屋裕子さんです。もともとバレーボール選手だった三屋さんは未知の世界に飛び込み、いかにして日本バスケ界を立ち上がらせたのか。異色のキャリアを振り返っていただき、運命を開く要諦を探ります。
【写真=日本バスケットボール協会会長就任会見にて、川淵三郎氏と共に ©産経新聞社】

自転車で坂道を上っている時に途中で止まってしまえば、再び走り出すのに凄まじいエネルギーが要りますよね。そうすると、より緩やかで楽な坂に流れてしまう。これは人生でも同じですから、なるべく足を止めないで坂道を上り続ける選択を心掛けています

三屋裕子
日本バスケットボール協会 シニアアドバイザー

――三屋さんは日本バスケットボール協会(以下、JBA)の会長職を9年3か月務め上げ、昨年9月に任期満了で退任されました。いまどのようなご心境ですか?

〈三屋〉 
一つひとつの出来事を振り返ればきりがありませんけど、思い残すことは何一つないですね。

2016年の会長就任時の会見で「私には川淵三郎前会長が発揮してきた重機のようなパワーはないけれど、自分がシャベルを持って着実に成長の芽を育てていきたい」という決意を述べました。コロナ禍をはじめ、苦しかったり歯がゆい思いをしたりしたことも数えきれません。それでも、どんな時でも最善を尽くし、やりたいと考えていたことはほぼすべて実現できたので、苦しみを上回る充足感を得られた9年間でした。

――苦労に勝る喜びを得られたと。

〈三屋〉 
職員に話を聞くと、「三屋さんはブレーキのない車のようでした」って言われましたよ(笑)。確かに、常にアクセル全開だったと思います。結果として、東京2020オリンピックで女子日本代表が銀メダルを掴み、2023年のワールドカップでは男子日本代表が沖縄の地で歴史的勝利を重ね、翌年のパリ五輪への出場権を獲得するなど、日本中に数々の熱狂を生み出すことができたのは、感慨深いものがあります。

昨年10月からは、私が役員を務める国際バスケットボール連盟(FIBA)との友好関係維持を目的としたシニアアドバイザーという役職を与えていただきました。世界における日本のバスケの存在意義を高め、世界と日本を繋いでいくこと。それこそが私の役割ですから、これからもバスケ界の発展に貢献したいと思っています。……(続きは本誌にて)

~本記事の内容~
◇シャベルを持って成長の芽を育ててきた
◇足を止めないで坂道を上り続ける
◇かくして日本バスケ界を立ち上がらせた
◇現状に満足せず常に前進

プロフィール

三屋裕子

みつや・ゆうこ――昭和33年福井県生まれ。54年バレーボール全日本代表に選ばれ、59年ロサンゼルスオリンピックで銅メダルに輝く。引退後は教師を経て、平成10年Jリーグ理事、16年シャルレ社長、19年日本バレーボール協会理事などの要職を歴任。28年日本バスケットボール協会(JBA)会長に選出され、5期9年3か月を務め上げた。令和7年より現職。


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