【いまこそ若い世代に伝えたい】人生を拓く東洋古典の名著 境野勝悟(東洋思想家) 安田 登(能楽師 ) 白駒妃登美(歴史エッセイスト)

93歳を迎えるいまなお、主宰する私塾で東洋思想や禅の教えを伝承している境野勝悟氏。古今東西の古典に通暁し、幅広い分野で活躍を続ける能楽師(ワキ方)の安田登氏。講演や執筆活動を通じて日本の先人や古典の教えを分かりやすく紐解いてきた、歴史エッセイストの白駒妃登美氏。東洋古典を味読しその学びを自らの人生に活かしてきたお三方が語り合う、東洋古典が持つ力、人生を拓く先達の教え――。

80代までは、至らないところを直しながら、少しずつ完成の方向に向かっていこうと努力してきたのですが、90を超えてからは、無理な努力はしなくていいんだ、自分は自分のままでいいんだってことに気づいたんです。
これも先達の教えに学んできたからこそ分かったことです

境野勝悟
東洋思想家

〈境野〉 
いやぁ、きょうはお忙しい中、遠方までお越しくださりありがとうございます。白駒さんは時々いらっしゃるけれども、安田さんにもぜひ一度、来ていただきたいなと思っていたんですよ。

〈安田〉 
お茶室や日本庭園があって、本当に素晴らしい一軒家ですね。私もきょうはお会いできることをとても楽しみにしていました。

〈白駒〉 
私は安田先生とは初対面ですけれども、『致知』2021年9月号に掲載された境野先生と安田先生の対談記事を拝読し、言葉にならないくらい感動して……。

特に松尾芭蕉について語り合っているところにとても感動したのですが、とにかくいまこの時代の日本に生まれ、お二人の対談を目にすることができて本当によかったと思いました。ですから、きょうは大尊敬するお二人とこのような機会をいただけて心から感謝していますし、奇跡のようです。

〈境野〉 
安田さんは、とにかく古典を古典として読まないで、古典にいわゆる〝人間〟を見ていますよね。芭蕉であれば、芭蕉という人間をしっかり見ていらっしゃる。

白駒さんは古典を読んで古典に日本人を見ている。それは「私も日本人だ」「日本人とは何か」という視点を常に持って、古典を読まれているからだと思います。

普通、教養を高めるためにちょっと古典でも読もうかという人が多いんですよ。いまの時代、お二人のようにしっかりした視点を持って古典を読んでおられる方は珍しいのではないですか。私も大いに学ばせていただいています。

いまは修業でも訓練でも何でも早すぎる、期間が短すぎるんです。東洋古典、先達たちが遺した教えや道をもう少しじっくり学び、自分を深めていく。
そのような風潮を取り戻していくことがよりよい人生、日本の未来を拓いていくのだと思います

安田 登
能楽師

〈安田〉 
最近、ある研究所から生成AI(人工知能)に関するインタビューを受けたのですが、いまこそ東洋古典の学びが重要になるという思いを深くしました。あらゆる物事は上がれば上がるほどピークを迎えて下がっていくものですが、AIもこれだけ流行っているということは、既に終わりの時を迎えているのだと思うのです。

〈境野〉
ああ、AIが持て囃される時代はそう長くは続かないと。

〈安田〉 
まずAIの問題は、自分で問いを発することができないということですね。人間が問いかけないと答えることもできません。

また、AIのプログラミング言語は、基本的には英語のような「もし(If)~が~だったら~になる」という構造からできています。例えば、「明日、台風が来れば取材は中止になります」という会話であれば、「If」を必ず冒頭につけなければなりませんから、それに続く文章(従属節)も自ずと決まってしまうんです。

ところが、東洋古典や漢文の言葉、日本語や中国語は「明日、台風が来れば取材は中止になります」と言おうとしたとしても、会話の途中で「明日、台風が来るわけがないでしょう」などと、文章を変えることができるんです。

それに古典も含めて日本語の文章や会話にはしばしば主語がなく、誰が話をしているのか明確ではありません。これはAIが処理できる範囲を超えているんですね。

ですから、日本語でプログラミングをすれば、もっと面白いAIがつくれるかもしれませんし、ここにいまこそ私たちが東洋古典を学ぶ意義があると思うのです。

〈境野〉 
確かに、日本語は主語が誰なのか曖昧ですし、例えば「愛して」でも、「愛しています」なのか「愛していません」なのか、最後まで聞き終わらないと分かりません(笑)。AIもびっくりだ。

いま一つ確信を持って言えるのは、未来に希望を持っている人は、幸せに生きられるということです。
未来の希望はどこから生まれるのだろうと考えると、それはやはり過去、先達への感謝から生まれるのだと思うんです

白駒妃登美
歴史エッセイスト

〈境野〉 
そういう意味では、白駒さんが大好きな『源氏物語』に描かれる恋愛もそう。AIのように決まりきった答えはないですね。

〈白駒〉
ええ、疲労と忘却の連続かもしれません(笑)。私はもともと『源氏物語』が好きで昔からよく読んでいましたが、境野先生の『源氏物語』の連続講義(致知出版社主催)に参加したことで、より理解が深まりました。

例えば、講義の中で境野先生は「昔の日本人に鬱はなかったと思う」とおっしゃいました。本気の恋をした夕顔が急死し、悲嘆に暮れる光源氏が、祈祷を受けるため北山の僧都の元を訪れた場面です。体調を崩すほど悲しいはずなのに、初恋の相手である藤壺の姪っ子・若紫を目にした瞬間、すっかり心奪われてしまうんですね。

もちろん、光源氏はその後も夕顔を思い出して、胸が潰れそうになりますが、鬱になってしまうのではなく、とにかくその時その時の自分の心に正直、真っ直すぐ向き合いながら生きていくんです。

〈境野〉 
人生いろいろな悩み苦しみがあっても、その時その時の自分の心に真っ直ぐ生きる。私たちがよりよく生きていくために、とても大事な姿勢だと思いますね。……(続きは本誌をご覧ください)

本記事の内容 ~全10ページ~
◇視点を持って、古典に向き合う
◇AI時代だからこそ求められる古典力
◇日本は祈りと和歌の国である
◇神父さんとの交流で日本の素晴らしさに気づく
◇大きな命の中で生かされている
◇日本語に秘められた〝共話〟の力
◇遊び心が人生を拓く力になる
◇人間の幸福とは、心が安らかであること
◇『おくの細道』を能の物語として読む
◇無用之用―老荘思想が教えるもの
◇初心とは変化し続けること
◇造化にしたがひ造化にかへれ
◇先達の歩んだ道を倦まず弛まず歩み続ける

プロフィール

境野勝悟

さかいの・かつのり――昭和7年神奈川県生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、私立栄光学園で18年間教鞭を執る。48年退職、こころの塾「道塾」開設。駒澤大学大学院禅学特殊研究博士課程修了。著書に『日本のこころの教育』『「源氏物語」に学ぶ人間学』『松尾芭蕉一日一言』(いずれも致知出版社)、『超訳 般若心経:〝すべて〟の悩みが小さく見えてくる』『超訳 菜根譚 人生はけっして難しくない』(共に三笠書房)など多数。

安田 登

やすだ・のぼる――昭和31年千葉県生まれ。高校教師時代に能楽と出合い、ワキ方の重鎮・鏑木岑男師の謡に衝撃を受け27歳で入門。現在は、ワキ方の能楽師として国内外を問わず活躍し、能のメソッドを使った作品の創作、演出、出演などを行う。『別冊NHK100分de名著集中講義 太平記:「歴史の方程式」を学べ』(NHK出版)『話はたまにとびますが 「うた」で読む日本のすごい古典』(講談社)『つらくなったら古典を読もう』(だいわ文庫)など著書多数。

白駒妃登美

しらこま・ひとみ――昭和39年埼玉県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、日本航空に入社し、平成4年には宮澤喜一首相訪欧特別便に乗務。24年に㈱ことほぎを設立、講演活動や著作活動を通じ、日本の歴史や文化の素晴らしさを国内外に向けて広く発信。天皇陛下(現在の上皇陛下)御即位三十年奉祝委員会・奉祝委員、天皇陛下御即位奉祝委員会・奉祝委員を歴任。著書に『子どもの心に光を灯す日本の偉人の物語』『親子で読み継ぐ万葉集』(共に致知出版社)など多数。


編集後記

それぞれ東洋古典を味読し、人生の糧にしてきたお三方、境野勝悟さん、安田登さん、白駒妃登美さんに、若い世代に伝えたい東洋古典の名著とその教えを平易明快に解説していただきました。鼎談取材は11月中旬、雲一つない暖かな秋晴れの下、境野さんのご自宅にて行われ、御年93歳の境野さんを中心に、古典活学談義は大いに盛り上がりました。なぜいま東洋古典を学ぶのか、その魅力はどこにあるのか。よりよい人生を拓く要諦に溢れています。

2026年1月1日 発行/ 2 月号

特集 先達に学ぶ

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