逸話に見る森信三師 紙屑拾い

先生が神大教育学部に奉職して第一に着手されたことは、廊下その他の紙屑拾いでした。 赴任の翌日から広い始められました。
拾っても拾ってもなかなか減りはしなかったのですが、断固として「一切例外をつくらぬ」覚悟をもって、紙屑拾いに徹せられました。

学生の足もとに落ちているのさえ、「どうも失礼!」といって拾われました。
半ば軽侮、嘲笑を受けつつも、拾い続けられました。
学生たちに「紙屑を拾いなさい」とはただの一度もいわれなかったのですが、半年も経たぬうちに、全学舎の廊下のほぼ八割前後の紙屑が姿を消したのは不思議でした。

ところで先生が拾われたのは、所用で通る廊下で、教室への往復、便所への往復、食堂への往復、図書館への往復の通路に限られた範囲内です。
それにしても退職の日まで七年間続けられたのでした。

「廊下の紙屑というものは、これを見つけた人が拾ってやるまで、何時までもそこに待っているものなのです。
もっともこれは平生紙屑を拾うことに努めている人だけが知っていることなんですが――。
このようにこの世の中には、実行しない人にはとうてい分からない世界が限りなくあるものです」

(寺田一清編著『森信三小伝』より)