2026年09月09日

戦前・戦後の長きにわたり盲目の旅芸人・瞽女(ごぜ)として活躍した、小林ハル氏。1978年には無形文化財保持者(人間国宝)に認定、波乱に満ちた人生の中でも、人に背かず神仏への感謝を忘れない姿勢を貫き、2005年に105年の天寿を全うされました。今回は、どんな境遇でも心豊かに生き抜くための心構えと、百歳を超えた実感から得た長生きの秘訣について語られた内容を抜粋して紹介します。(本記事は『致知』2000年4月号 「人生の禍福を越えて百歳」より一部を抜粋・編集したものです)
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よい人と歩けば祭り 悪い人といっしょは修行
<小林>
瞽女は目が見えないので、必ず「手引き」という目の見える人と組んで旅に出かけます。いつも気の合う人と歩ければいいのですが、そういったことは滅多になく、あの人と歩いたり、この人と歩いたりと、いろいろな人と組まなければなりません。だから、瞽女の組み合わせは1つの修行といってもよいかもしれません。私はよい人と歩けば祭りだし、悪い人といっしょだと修行だと思っていつも歩いてきました。
73歳のとき、私は老人ホームに入りました。このホームに入っている人たちはほとんどが目の見える人たちで、同室になった4人のうち1人だけ意地悪な人がいました。その人は私よりも2つか3つ年下で、連れ合いを亡くし、子どもたちがみんな独立して自分一人になったのでホームに入ったようです。
入ったときからその人は、私にいろいろな意地悪なことを言いました。「目が見えなくたって、ごはんが食べたいんだか」とか、誕生会で唄を唄うと「瞽女だと思っていい気になっている。目の見えないざましていっちょうまえ(一人前)の気になっている」と事あるごとに意地悪なことを言うのです。
家のやっかいになるまいと思ってここに来ましたが、ここもまた切ないところだなと思いました。しかし、年を取ってどこも行くあてがなくてここに来たのですから、諦めるより仕方がありませんでした。
どこへ行っても、いくつになってもいろいろな苦労があるものです。しかし、神仏はすべてお見通しです。人に言いたいこと、したいことを何も考えないでしていると、必ず天罰があたる。私は決して無理なことを言ったり、したりしないですべて神仏にお任せしてきました。言いたいことはいっぱいありましたが、それを口から外に出してしまえば必ずバチがあたります。
ホームでこうやって世話をしてもらうだけでもありがたい。いくらなんでもこの年になって外や雨のあたるようなところにはいられないのですから、ここへ来たらそれが務めだと思って、そういう人に対してはなおさら気がねして努めてきました。
考えてみれば、ホームの組み合わせは瞽女と同じようなものです。ホームも組み合わせでよい人と組めば祭りだし、悪い人と組めば修行です。それでも瞽女は短くて1か月、長旅でも半年もすれば組み合わせが変わります。ホームは1度組むと2年も3年も一緒ですからつらいところもありますが、幸い私は3年目からいい人と同じ部屋になり、もう姉妹のようにお付き合いさせていただきました。
77歳のときに、私は老人ホームから目の見えない人たちだけの盲老人ホーム「胎内やすらぎの家」にやってきました。前のホームでも目の見えない人は六人いましたが、その中で私は一番みんなに大事にされていました。
こうやって親切にしてもらえるのは、 すべて神仏のご加護のおかげだと思って喜んでいたのですが、突然、「胎内やすらぎの家」に来ることになったものですから、今度はどんな人と組むのかと、ここに来るまではとても不安でした。
しかし、それは取り越し苦労でした。ここは目の見えない人ばかりの老人ホームですから、以前いた目の見える人と一緒のホームよりもずっと気持ちが楽で、はやこちらに来て23年が過ぎました。
これから、いつまで生きられるかどうかはわかりませんが、どこも悪いところはないし、食べるものはなんでも底無しに食べられるし、こんなに大事にされて私はつくづく幸せ者です。
みんなと仲良く、毎日を楽しく過ごす。そして小さなことにくよくよしない。この3つが長生きの秘訣ではないかと、私自身は思っています。
私は目が見えないので、どんな目に遭っても、どんなことがあっても人には背くまいと思って生きてきました。そうやって努めてきたからこそ、いまはこんなに幸せで気ままに生きさせてもらっているのだと思っています。若いときの苦は楽の種という言葉がありますが、100歳になったいま、そのことをしみじみと実感しています。
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師から学んだ幸せな人生を実現していく秘訣、瞽女唄の伝承と普及にかける思いを語っていただきました。
↓記事内容はこちら↓
◇瞽女唄の魅力は迫力と即興性
◇人生の師・ハルさんとの運命の出逢い
◇何としても瞽女の芸を伝えたい
◇人生を導く言葉「さずきもん」「きがまえ」
◇ハルさんとの別れ、そして新たな旅へ
◇瞽女唄を次世代に繋ぐその使命に生きる
◇小林ハル(こばやし・はる) ◉《期間限定の特典付きキャンペーン開催中》人間力を高めたい人、成功や幸福を願う人。一人でも多くの方に〝心の糧〟を得ていただきたい――。そんな思いを込め、9月1日に発刊された10月号で48周年を迎えた月刊『致知』の定期購読をお申し込みくださった方に、『人間における運とツキの法則』(藤尾秀昭・著)プレゼント!
明治33年新潟県生まれ。生後百日で失明し、五歳で瞽女の親方に弟子入り。9歳で初巡業に出て、昭和48年77歳まで現役の瞽女として活動する。新潟県内の高齢者施設に入所後も、その瞽女の芸と生き方を伝え続けた昭和53年、無形文化財保持者(人間国宝)に認定。













