松下幸之助が「小さなこと」を叱った2つの理由〈叱り方の極意〉

松下電器産業(現・パナソニック)を一代で世界的企業に育て上げた松下幸之助。その偉業を成し遂げた一つの要因に、松下幸之助が叱って人を育てる「叱り上手」だったことが挙げられます。日本型経営の研究の第一人者である加護野忠男さんに、松下幸之助流人材育成の極意を教えていただきました。

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誰よりも「人を育てる」ことを考えた経営者

〈加護野〉
日本を代表する名経営者といえば、松下電器産業(現・パナソニック)創業者の松下幸之助の名前を思い浮かべる方が多いでしょう。

しかし、幸之助さん自身は決して技術の天才であったというわけでもなく、技術面ではごく一般的な才能の持ち主であり、特別優れた閃きに恵まれていたわけではありませんでした。そういう面で松下電器は、井深大や本田宗一郎といった技術的な天才が創業したソニーやホンダなどとは違ったタイプの会社だったと言えます。

その一見平凡な経営者が、ソニーやホンダを上回る巨大企業をつくり上げることができたのは、自分自身を含めた多くの人々を仕事を通じて育てていったからにほかなりません。

実際、幸之助さんは他のどの経営者より「人を育てる」ということを真面目に考えた人でした。零細企業から出発した幸之助さんは、優秀な人材を採用することができず、普通の人を採用して育てる以外なかったのです。

松下流の人材育成の方法は、ナショナルショップ店などの後継者を教育する「松下幸之助商学院」という学校に行くとよく分かります。この学校の教育方針の一つが「凡事徹底」です。

これは整理・整頓・清潔・清掃・躾の「5S」に始まり、道を歩く時はポケットに手を入れない、靴を脱いだら真っ直ぐ揃えるといった、日頃の身の回りのことをきちんと行う習慣を身につけさせることで、人を育てていくという考え方です。また、この習慣づけは、経営を成り立たせる上で何よりも大切な精神、正直さ、真面目さ、愚直さといった精神を涵養することにも繋がってきます。

京セラの第二代社長を務めた伊藤謙介さんも平凡なことを徹底させることの大切さを説いています。伊藤さんは工場に行くとまずトイレのスリッパを見るといいます。スリッパが綺麗に並んでいるなら問題ないが、乱れ始めたら何か問題がある。スリッパを揃えることもできない、心の余裕がない状態ではもっと大事なことができていない可能性があると言うのです。

「凡事徹底」と対を成すもの

そして、もう一つの教育方針が「覿面(てきめん)注意」です。これは凡事ができていない人に、すぐその場で厳しく注意をする、叱る。

実際、幸之助さんはかなり厳しく人を叱っていました。松下電器に入社し、その後三洋電機の設立に参画して同社の副社長まで務めた後藤清一氏は、幸之助さんに叱られた時の体験を『叱り叱られの記』で次のように記しています。

「すぐ来いッ。晩の10時ごろ。親類の人となにやら話をしておられたが、私の姿を見るなり、人前もかまわず、こてんぱんに怒鳴られる。見かねて親類の人もとめに入るが、それでやめるお人ではない。部屋の真ん中でストーブが赤々と燃えている。火カキ棒で、そのストーブをバンバン叩きながら、説教される。

ガンガン叩くので、その火カキ棒がひん曲がる。フト、それに気づいた大将は、ぬっとつき出す。〝これを真っすぐにしてから帰れッ〟あたるべからずの勢い。ついに私は貧血を起こして倒れてしまった」

すさまじい叱り方ですが、幸之助さんは特に優秀な人には大きなことではなく小さなことで叱ったといいます。幸之助さん自身、「小事にとらわれて大事を忘れてはならないが、小さな失敗は厳しく叱り大きな失敗に対してはむしろこれを発展の糧として研究していくということも、一面では必要ではないかと思う」という言葉を残しておられますが、これは「小事は大事」という考えに基づいています。幸之助さんが小さなことを叱った理由は二つあると思います。

一つは合理的な判断への戒めです。よい大学を出た頭のよい人というのは合理的に物事を考えがちですが、得てして本筋だけ外さなければよいと、小さなことを無視してしまいがちです。幸之助さんは、小事が積もり積もることによって組織は弱体化していくことに気づいておられたのでしょう。

第二には、小さなことを軽視するような状態は、おそらく組織が緩んでいることの示す一種のアーリーウォーニング(早期警戒)ではないか、ということです。初めから大きな不正をするような人はあまりいません。小さな不正から始まって、次第にそれがエスカレートして大きくなっていくのが現実の姿です。

また、面前で叱ることには、叱られた人以外の社員にも、「それは悪いことなのだ」と、その職場の価値観を知らせるといったコミュニケーション効果もあります。

ただ、厳しく叱るだけでは相手の意欲を挫いてしまう危険性があります。その点も幸之助さんは心得ていました。幸之助さんは電話魔だったといわれていますが、叱った後には必ず本人に、「元気にしとるか」「機嫌よう、働いているか」と電話を掛けた。ここに幸之助さんが叱って人を育てる、〝叱り上手〟といわれる所以があります。

ここまで述べたように、「凡事徹底」と対をなす「覿面注意」の二つの方法の徹底こそ、松下流の人材育成の極意であり、高品質の製品を生み出し続けてきた日本のものづくりの土台にほかなりません。


(本記事は『致知』2016年12月号 特集「人を育てる」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇松下幸之助(まつした・こうのすけ)
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明治27年和歌山県生まれ。大正7年改良ソケットを考案して独立し、家庭用の電気器具製作所を創業。昭和10年松下電器産業(現・パナソニック)に改組以後、家庭電化製品の大メーカーに育て上げた。平成元年逝去。

◇加護野忠男(かごの・ただお)
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昭和22年大阪府生まれ。45年神戸大学経営学部卒業。47年神戸大学大学院経営学研究科修士課程を修了後、神戸大学大学院経営学研究科博士課程に学ぶ。48年より神戸大学経営学部助手、同講師、同助教授、同教授、神戸大学経営学大学院教授などを経て、現在神戸大学名誉教授、甲南大学特別客員教授を務める。『日本型経営の復権』(PHP研究所)『経営の精神』(生産性出版)『松下幸之助に学ぶ経営学』(日本経済新聞出版社)など著書多数。

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