ガラスはすべて割れ、天井は穴だらけ——〝教育界の革命児〟工藤勇一は荒れ果てた学校をいかに変えたのか

宿題ゼロ、定期テストなし、固定担任制廃止……都心の名門・麹町中学校校長としてよもや公立校とは思えない教育改革を進め、子どもの「自律」を引き出してきた工藤勇一氏。現在は教育アドバイザーとして多方面で活躍し、日本の教育界を牽引し続けています。この混迷の時代に、子どもの生きる力をいかに育てるか。荒れ果てた学校を変えた氏の体験談から、そのヒントを探ります。
(本記事は月刊『致知』2022年10月号 特集「生き方の法則」より一部抜粋・編集したものです)

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腐り切った学校に誇りを植える

家庭の事情もあり、妻の故郷でもある東京都の採用試験を受け直し、台東区の中学校に移ったのは20代後半です。越境入学者が多い名門校でしたが、生徒たちを見下した教員たちの高圧的な指導や、そうした教員たちを馬鹿にしながらも胡麻をする生徒たちの姿に失望し、初めの2年ほどは、正直、教員という仕事に誇りを持てなくなっていました。

しかし、その学校でも生徒会を担当し、自治を推進。次第に学年も学校も変化していく姿に、改めて、教育は山形も東京も関係ないことを実感しました。それと共に、今後一切、環境に愚痴をこぼすことを封印しようと決意しました。

その学校で7年間経験を積んだのち、1996年、30代半ばで次の学校へ異動。そこは尋常ではない荒れようでした。

1年生の担任になったのですが、上級生のクラスの廊下側のドアのガラスは新学期早々、1枚残らずすべて割られました。ジュースでベタベタの床にはガムや煙草の吸い殻が落ちて斑模様となり、天井は穴だらけ、廊下の壁紙はカッターで切り刻まれ、そこら中の壁には穴、図書室や一部のトイレは放火や器物損壊が相次いだため封鎖されていました。

こんな状況にも拘らず、教員は半数が朝は遅刻、定時より前に帰っていく人もいました。平成の時代にまだあったのか、と思うほどどうしようもない学校でした。

校長から、異動の打ち合わせ時に、やりたい改革を許可されていた私は、学年の教員を集めて「生活指導に関わる対応は全部、私に権限をください」と伝えました。

すぐ生徒指導の方針を学年の先生全員に共有し、最初の学年集会で生徒にこんな話をしました。

「君たちに大事な話がある。知っての通り、この学校には金髪だの私服だのいろんな先輩がいる。だけどそんなことはどうでもいい。君らもそうしたければ構わない。でもこれだけは忘れるな。命を大切にすること、人権を守ること、犯罪をしないこと。これを破ったら徹底的に叱るぞ」

「世の中を生きていくために大事なことがある。それは信用だ。大人もそうだけど、信用は長い時間をかけてようやく得られる。信用を得るには汗を流さなければだめだ。とにかくこの学校は汚いから、皆で掃除しよう」

こう言った理由は、生徒も教員も保護者も、この荒れ果てた学校を好きではなかったし、誰もが現状を人のせいにしていたからです。掃除が自律に繋がることは山形にいた頃から実感していて、生徒の中に当事者意識、軸をつくることができると考えたのです。

勉強ができなくてもいい、運動が苦手でもいい。とにかく、掃除だけは汗を流せ。これを学年全体の合言葉に、2年後にはすべての生徒に優しい学校をこの学年の生徒たちで実現することを目標に継続していきました。

やりがいは満点でした。容易に取れない床の汚れも10分、20分束子で格闘していると綺麗になってくる。放っておけばワルになりそうなやんちゃな生徒も「先生、すごいでしょ!」と、汗だくになりながら磨いていました。夏休みには皆で壁のペンキを塗り替え、用務員さんに壊した机の修理方法を習いました。次第に生徒たちは自分で綺麗にした学校を大事にするようになり、学校を愛するようになっていきました。

保護者たちも校内の変化にだんだん見る目が変わっていきました。着任から2年、この生徒たちが3年生になった春に長年荒れ続けてきた学校は見事落ち着きを取り戻し、封鎖されていた図書室もトイレも教室もすべて開放されました。


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◇工藤勇一(くどう・ゆういち)
昭和35年山形県生まれ。東京理科大学卒業。山形県、東京都の公立中学校でそれぞれ教鞭を執り、東京都教育委員会、目黒区教育委員会、新宿区教育委員会教育指導課長を経て平成26年4月から令和2年3月まで千代田区立麹町中学校長。同年4月より現職。主著に『学校の「当たり前」をやめた。』、編著に『自律と尊重を育む学校』(共に時事通信社)などがある。内閣官房教育再生実行会議委員も務める。

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