全国骨髄バンク推進連絡協議会副会長・大谷貴子さんが語る、〝骨髄バンク〟設立の背景にあった一人の少女の存在

白血病をはじめとする血液の難病に有効な治療法である骨髄移植を実施するために、移植可能な提供者を見出すための骨髄バンク。日本にまだ骨髄バンクがなかった37年前、自身の罹患を機に骨髄バンクの設立・普及に立ち上がった大谷貴子さんに、闘病当時の心の支えとなり、後に骨髄バンク設立運動の大きな力となったという1人の少女とのエピソードを語っていただきました。
(本記事は『致知』2025年7月号 特集「一念の微」より一部を抜粋・編集したものです)

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14年後に辿り着いた別れの真実

──闘病の支えになったものはありますか。

<大谷>
あの時は本当に孤独でした。いまみたいにスマホもないし、公衆電話を使おうと思っても白血病の患者は感染症のリスクが高いから外へも出ちゃいけない。全く連絡手段がないんですよ。

その時隣の病室に、園上さおりちゃんという10歳年下の女の子がいたことはありがたかったですね。彼女は自分の病気が何なのかも知らずに、明るく過ごしていました。とても可愛い女の子で、一緒におしゃべりをしたり、勉強を見てあげたりするのは、病気の辛さから解放される大切なひと時でした。

でも、私はたまたま骨髄移植を受けることができたのに、さおりちゃんは移植が可能な人に恵まれませんでした。母が私のドナーになれることが分かった時、さおりちゃんのご両親は、自分たちもドナーになれるかもしれないってものすごく期待されたと思うんですよ。でもその期待は外れて、また奈落の底に突き落とされたんです。

そんな事情を何も知らないさおりちゃんは、私が移植を受けるために転院していく時に、病院の玄関で私を見送ってくれました。涙をポロポロ流す私に、彼女は笑いながらこう言ってくれたんです。

「お姉ちゃん、女の人が泣くのは結婚式の日やで。いま泣いてどうするの?」

って。彼女と言葉を交わしたのは、それが最後でした……。

──その後はもう会えなかった。

<大谷>
移植が無事に成功して、私はすぐにさおりちゃんのお見舞いに行ったんですけど、お母さんが出てこられて「本人が会いたくないと言っています」とおっしゃったんです。それから半月後にさおりちゃんは亡くなりました……。

後で分かったんですが、さおりちゃんが会いたくないと言ったのは、嘘だったんですって。

──なぜお母さんは嘘を。

<大谷>
私が退院して戻ってくることをさおりちゃんに伝えたら、「お姉ちゃんはどうして元気になったの?」ってしきりに聞いてくるので、これは会わせられないと思ったそうです。私が骨髄移植を受けたことを知ったら、さおりちゃんも移植を受けたがるに決まっている。でもドナーがいないから、彼女がどんなに求めても応えてあげられないじゃないですか。

──さおりさんに会えなかった時のお気持ちは。

<大谷>
ものすごくショックでした。何でやろうって。どこかで傷つけるようなことを言ってしまったのかなとか、私だけ元気になったのが嫌だったのかなとか、いろんなことを思いました。だからずっとお墓参りにも行けなかったんです。

そのまま14年経って、2002年にドキュメンタリー番組で骨髄バンクのことが取り上げられることになりました。スタッフの方から、さおりちゃんの話を抜きには番組をつくれないからと仲介を頼まれて、ダメ元でお母さんに電話してみたら、意外にすんなり協力してくださったんです。

番組が放映された後でお礼に伺ったら、お母さんは「ごめんなさい、嘘をついていました」って本当のことを教えてくださいました。あの後ずっと、2人を会わせなかったことを悔いておられたみたいで、「さおりは、きっと貴子さんに会いたかったと思います」と言ってくださったんです。

──どのように受け止めましたか。

<大谷>
長年の胸のつかえが下りるようでした。あぁそうだったのかと。お母さんも、さぞかししんどかったろうと思うんです。

番組のおかげでドナー登録を希望する電話が殺到したことをお伝えすると、「短い命でしたけど、さおりも少しは社会のお役に立てたんですね。何だか救われた思いがします」って微笑んでくださいました。そのお母さんも、2、3年前にお亡くなりになりました。


(本記事は『致知』2025年7月号 特集「一念の微」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇大谷貴子(おおたに・たかこ)
昭和36年大阪府生まれ。61年千葉大学大学院在学中に慢性骨髄性白血病と診断される。63年母親から骨髄移植を受け退院。平成元年東海骨髄バンク設立。3年財団法人骨髄移植推進財団(日本骨髄バンク)を設立。17年全国骨髄バンク推進連絡協議会会長に就任 。23年より副会長。著書に『白血病からの生還』(リヨン社)『生きてるってシアワセ!』(スターツ出版)など。

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