ビジョンメガネV字回復の軌跡——安東晃一社長の経営改革に学ぶ

現在、大阪府を中心に眼鏡店を幅広く店舗展開するビジョンメガネは、2013年、経営危機に陥り民事再生法の申請を行いました。その僅か2週間前に社長に就任し、経営の立て直しに当たったのが安東晃一氏です。氏はいかにして会社を蘇らせてきたのでしょうか。現在に至る険しい道のりを振り返りながら、当時の執念や信条を語っていただきました。対談のお相手は、人気の駅弁「峠の釜めし」で知られる荻野屋の6代目を継いだ社長の高見澤志和氏です。(本記事は月刊『致知』2022年1月号 特集「人生、一誠に帰す」より一部抜粋・編集したものです)

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行脚し頭を下げ続ける日々

〈髙見澤〉
安東さんがどのようにしてビジョンメガネを再生していかれたのか、ここでぜひそのお話を聞かせてください。

〈安東〉
私は2011年に子会社の社長になり、2年後の2013年11月に親会社の社長になりました。

その頃は上場を廃止していて業績も伸び悩んでいました。もう打つ手がないという段階で親会社の社長は辞任され、君が社長になってくれと私に声が掛かったんです。

私が就任したのは11月10日。その就任の日、2週間後の11月25日に民事再生法適用申請の準備がされていることを株主の役員さんから聞かされました。民事再生がどういうものか詳しくは知りませんでしたが、おそらく倒産するだろうなと。

しかし、誰かがこれを引き受けなくてはいけないなら自分がやるという思いで社長をお引き受けすることにしました。

〈髙見澤〉
よくぞ決断されましたね。

〈安東〉
社長交代の挨拶直後の民事再生の申し立てでしたので、お取引先様や金融機関様からは「一体どういうことなんだ」というお叱りを随分といただきました。しばらくの期間はメーンの銀行様やお取引先様を回って、「いまはお支払いできませんが、ビジョンメガネはこれからも営業を続けたいと思っています。ご協力をお願いします」とひたすら行脚をして頭を下げ続けました。

同時に、債権者や従業員にも説明をしなくてはいけません。多くの店舗がありますので従業員には何回かに分けて説明会を開き、会社が倒産したことを伝えました。事情を知った時の従業員たちの冷ややかな目。それはいまもはっきりと目に焼きついています。

正直なところ、状況が悪い中で親会社の社長を引き受けた私に対して同情してくれるのではないかという甘えがありました。しかし、従業員にとって私は既に会社のトップなんですね。

従業員は怒鳴ることもなく淡々と聞いていましたが、その冷ややかな目が「何ということをしてくれたんだ」という思いを強く訴えている。そんな従業員たちに私は「ビジョンメガネをこれからも残したい。不安はあるだろうけれど、明日からもいつものように笑顔で接客してほしい」と語りかけました。この説明会は申請が終結に至るまでの約10か月間続きました。

その間、赤字に陥っていた42店舗を閉鎖し、断腸の思いで100人ほどの従業員をリストラせざるを得ませんでした。

〈髙見澤〉
そうでしたか。

〈安東〉
幸いなことに少しずつ状況は好転してきましてね。お取り引きが再開した、新商品が入るようになったという話が浸透するにつれて冷ややかだった従業員の目はだんだん和らいでいくのを肌で感じました。ああ、再生に少しずつ近づいてきたなと。

その頃、私の大きな力となったのがお客様のアンケートでした。「潰れたと聞いて驚いたけれど、店に行ったらスタッフの方がとても丁寧な対応をしてくれて安心しました。頑張ってください」という励ましの声を数多く寄せていただいたんです。接客も手につかないのではないかと思っていた従業員たちが精いっぱい頑張ってくれている。そのことを知った時はとても嬉しく、同時に「従業員をあんな目に遭わせて本当に申し訳なかった」という懺悔の思いが込み上げてきましたね。

「ビジョンメガネが好きだから」

〈髙見澤〉
「モノ」だけでなく「コト」を売ることに力を入れるという方針は、そういう中で生まれたのですか。

〈安東〉
はい。ビジョンメガネの経営が傾いた大きな要因は安売り競争でした。2000年頃からロープライスの眼鏡が全国に普及し、そんな中で売り上げをいかに伸ばすかと考えた時、一つの方法は出店でした。ただ出店を過剰にやり過ぎると人材の育成ができない、エリアがバッティングするという問題が生じます。その無理が重なって私共も段々安売りに流され、経営が逼迫するようになっていったんです。

ビジョンメガネには、創業者が開発したMYDOという長時間掛けていてもずり落ちない眼鏡フレームがあります。1本2万円前後とそこそこの値段ですが、とても人気のある商品なんです。他社にないそういう商品があることを忘れて安売りに走ってしまい、本来の強みやよさを失ってしまった。そのことに気づいてから、私は安売りは一切やめました。

〈髙見澤〉
安売りをやめられた。

〈安東〉
ビジョンメガネがお客様に認めていただいていたのは安さではなく、きちんとした技術に基づく丁寧な対応だったんです。その原点に立ち返ろうと思いました。チラシにも2年近く割引は一切謳わずに、眼鏡の分解洗浄や精度の高い視力測定などのサービスを打ち出していきました。

先ほど申し上げたメガネのマエストロ制度についても、新しい何かをやろうとしたわけではなく、過去の歴史を振り返ってよかったところを積み上げていくうちに生まれたものです。そういう取り組みの中で徐々に徐々にお客様からも喜びの声をいただけるようになって、現場のスタッフたちも「安いから売れるのではない」と自信が持てるようになっていきました。

〈髙見澤〉
安東さんのそのような改革の力はどこから生まれてくるのですか。

〈安東〉
一番のベースは「ビジョンメガネが好きだから」ということだと思います。もちろん、ビジョンメガネの看板を自分の代で途絶えさせてはいけないという思いもありましたが、その頃は再生できる自信はありませんでした。

弁護士さんからは再生に必要な条件として、明日事業が運営できる資金があるか、商品を供給してくれる相手様がいらっしゃるか、従業員が明日から店舗に立ってくれるか、の3つを挙げられ、「大丈夫です」と答えたんですけれど、実はこの3つがとても大きなハードルであることを後で知って胸を熱くしたんです。従業員が翌日から店を開け、きちんと働いてくれていたことは決して当たり前ではなかったのだと。

〈髙見澤〉
お話を伺っていて安東さんの折れない気持ちがすごいと感じました。私は創業家という立場でやってきましたので、ある意味責任を受け入れなくてはいけないところもあったのですが、安東さんは辞退しようと思ったらいくらでも辞退できたわけでしょう? 本来なら貧乏クジを引かされたという気持ちになっても不思議ではないところを「ビジョンメガネが好きだからやってこられた」と言い切られている。

〈安東〉
いや、結構心は折れていたと思います(笑)。お取引先様からいろいろな連絡が携帯電話に掛かってきて、立って対応することさえしんどく、ため息をつきながら床に座り込むこともありました。それでも、従業員を惑わせないように心が折れない人間を演じていたというか、皆を信じて心を強く持つよう自分を鼓舞していたように思います。おかげでいまは年商50億円の会社に成長しました。


~本記事の内容~
◇様々な逆境を乗り越えていまに
◇アミダクジで決まった子会社の新社長
◇「峠の釜めし」はどのようにして生まれたか
◇「変えるために変えない」
◇行脚し頭を下げ続ける日々
◇「ビジョンメガネが好きだから」
◇ピンチの後にはチャンスがやってくる
◇やってみなくては何も掴むことはできない
◇事業に嘘偽りがあってはいけない

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◇安東晃一(あんどう・こういち)
昭和47年大阪府生まれ。大阪国際大学卒業。平成8年にビジョンメガネ入社。子会社の社長等を経て25年ビジョンメガネホールディングス社長に就任。同年の民事再生手続きの後、同社の年商を約50億円にまでV字回復させた。

◇高見澤志和(たかみざわ・ゆきかず)
昭和51年群馬県生まれ。平成12年慶應義塾大学法学部卒業。15年に荻野屋へ入社し、専務取締役を経て24年に6代目社長就任。社内改革を推進する一方、新商品の開発や首都圏をターゲットにした新規事業を展開。30年同大学院システムデザイン・マネジメント研究科修了。著書に『諦めない経営』(ダイヤモンド社)。

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