「かんてんぱぱシリーズ」でお馴染み、伊那食品工業最高顧問・塚越寛氏が貫く〝年輪経営〟の神髄

年輪経営に軸足を置いた独自の経営で知られる「かんてんぱぱシリーズ」でお馴染みの長野県の伊那食品工業。売り上げや利益を追わず社員の幸せを目的として確実な成長に導いてきた最高顧問・塚越 寛氏の経営手法は、いまやトヨタ自動車をはじめとする全国の名だたる企業までが注目するところとなりました。貧困や病など多くの逆境に見舞われながらも、試練を逞しく乗り越えて有名企業に育て上げた塚越氏。その人生や経営に対する思いを、長年の知己で氏を敬愛する、俳優で仏像彫刻家の滝田 栄氏にお聞きいただきました。
(本記事は『致知』2025年5月号 特集「磨すれども磷がず」より一部を抜粋・編集したものです)

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確実な低成長を遂げる「年輪経営」

<塚越>
私が求めてきたのは、ひと言で言えば「八」の字、つまり末広がりの経営です。事業にしても人生にしても、急成長せずとも徐々に徐々によくなっていくとしたら、そこには夢も希望もある。そうなれば理想じゃないですか。その意味で私たちは1958年の創業以来、確実な低成長を遂げてきた会社なんです。

樹木は1年に1本、年輪を刻む。どんなに天候が不順でも確実に成長を遂げる木に喩えて、我が社の経営を「年輪経営」と呼んでいます。

成長は売り上げだと考える人が多いと思いますが、成長の定義はそれだけではない。社員のモチベーションが上がった、社会貢献が増えた、社風がよくなった、そういったことも立派な成長です。

特に私たちは社員を幸せにすることを第一に考えてきましたから、決して上場はしません。

上場というのは常に売り上げや利益が求められるノルマ経営なんです。ノルマに追われる人生は嫌ですよね。だから、我が社には売り上げ目標も利益目標もありません。僅かでも、前年を上回ればいいというのが我が社の方針なんです。それでも業績は伸び続けてきて、2023年12月期の売り上げは227億円ほどでした。

<滝田>
働く人を幸せにするという揺るぎない理念があるからそれができるんですね。初めてお会いした時も「目的と手段」という話をしてくださいました。

目的はあくまでも社員の幸せと、社員だけでなく会社に関わるすべての人たちの幸せ。それを達成するための手段が売り上げや利益であると。

<塚越>
だからといって、ただ優しいだけでは事業は発展しません。社員が幸せや喜びを感じてモチベーションが高まれば、利益が出て会社が発展し社員が幸せになる。それがまた新たなモチベーションに繋つながる。業績という言葉を口にしなくても社員が幸せであれば自然に好循環が生まれる、皆が幸せであれば、それ相応の見返りがあるという経営者としての目論見というか〝算盤〟が私にはあったわけです。

実際、給料は一度も下がったことがないし、毎年ボーナスの額も増えています。いま我が社には600人以上の社員がいますが、過去を振り返っても会社が嫌で退社した社員はほとんどいません。

21世紀のあるべき経営者の心得

【21世紀のあるべき経営者の心得】

一、専門の他に幅広く一般知識を持ち、業界の情報は世界的視野で集めること。

二、変化し得る者だけが生き残れるという自然界の法則は、企業経営にも通じることを知り、総てにバランスをとりながら常に変革すること。

三、永続することこそ企業の価値であり、急成長をいましめ、研究開発に基づく種まきを常に行うこと。

四、人間社会における企業の真の目的は、雇用機会を創ることにより、快適で豊かな社会をつくることであり、成長も利益もそのための手段であることを知ること。

五、社員の士気を高めるため、社員の「幸」を常に考え末広がりの人生を構築できるように、会社もまた常に末広がりの成長をするように努めること。

六、売る立場、買う立場はビジネス社会において常に対等であるべきことを知り、仕入先を大切にし継続的な取引に心掛けること。

七、ファンづくりこそ企業永続の基であり、敵をつくらないように留意すること。

八、専門的知識は部下より劣ることはあっても、仕事に対する情熱は誰にも負けぬこと。

九、文明は後戻りしない。文明の利器は他社より早く、フルに活用すること。

十、豊かで、快適で、幸せな社会をつくるため、トレンドに迷うことなく、いい街づくりに参加し郷土愛を持ち続けること。

誰かに尽くせば必ず返ってくる

<滝田>
その意味では、塚越さんは社員さんとの間でも信頼関係をとても大事にされていますね。

<塚越>
いま思い出してもとても辛い出来事なのですが、1977年、脱水用の500キロの重しが落下して女性社員が重傷を負う事故がありました。

この後、私は最新の脱水装置を設置することを決めました。それには莫大な投資が必要で、万一、経営が破綻することもあり得たのですが、社員が怪我をしてしまう環境で事業を続けても会社として存続する意味はないというのが私の考えだったんです。

結果的に非常に安全で衛生的な環境に生まれ変わりました。社員たちは「会社はここまでして自分たちのことを考えてくれるのか」ととても喜んでくれましてね。それで、社員のモチベーションは一気に上がり、生産性、業績ともに高まっていったんです。私は健康の大切さを誰よりも知っています。目先の利益ではなく、社員の安全や健康を第一に考えたことが今日の発展に繋がったと思っています。

まぁ、でもある意味で運も作用したんじゃないでしょうか。

<滝田>
僕が感じるに、塚越さんにはきっと仏様がついてくれているんですよ。

<塚越>
そうだとしたらありがたいのですが、運を呼ぶ人はどこかで必ず努力をしていますね。

些細なことのようでも、ある人に親切にしたらその人がとんでもない大物で、縁が大きく広がったということが現実にあるわけです。私には誰かのために尽くせば、どこかで返ってくるという信念があります。社員に真心を尽くしておけば社員は必ず返してくれますよ。

<滝田>
そもそも寒天との出合いだってそうじゃないですか。貧困と病気のために仕方なく触れたような世界が、実は最大の強運の始まりだったということも実に興味深い。苦労がすべて好転して今日に至られたことを思うと、すべての苦労には意味があったとしか僕には思えません。

(本記事は『致知』2025年5月号 特集「磨すれども磷がず」より一部を抜粋・編集したものです)

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◇塚越 寛(つかこし・ひろし)
昭和12年長野県生まれ。33年伊那食品工業入社。58年社長就任。会長を経て令和元年より最高顧問。経営哲学である「年輪経営」は経済界に多大な影響を与え、塚越氏を師と仰ぐ経営者は多い。科学技術庁長官賞、農林水産大臣賞、黄綬褒章、旭日小綬章、渋沢栄一賞など受賞・受章多数。著書に『いい会社をつくりましょう』(文屋)など多数。評伝に『評伝 伊那食品工業株式会社 塚越寛』(あさ出版)。

◇滝田 栄(たきた・さかえ)
昭和25年千葉県生まれ。中央大学在学中に演劇と出合い、文学座演劇研究所から劇団四季を経て独立。58年のNHK大河ドラマ『徳川家康』で主演。『草燃える』『なっちゃんの写真館』などのテレビドラマでも活躍。舞台『レ・ミゼラブル』は62年の初演から14年間主役を演じ続ける。料理番組『料理バンザイ!』の司会は57年から20年間務めた。40代で仏像制作を始め、現在は長野県八ヶ岳を拠点に仏教の研究、自然保護活動などを続けている。

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