【取材手記】〝最凶のがん〟患者を救い続けるチーム医療は富山にあり:藤井努×安田一朗

~本記事は月刊『致知』2025年3月号 特集「功の成るは成るの日に成るに非ず」掲載対談の取材手記です~

雪深い冬の富山で出逢った名医たち

2024年8月、一本のTV番組が放送されました。「健康カプセル! ゲンキの時間」スーパードクター特集。そこに登場した二人の医師に編集者が感動したことが、今回の対談が実現した原点です。

いったい何がそこまで感動を誘ったのか。それは、人間の死因として常に上位に食い込んでくるがんの中でも、その見つけにくさと進行の速さから〝最凶〟と言われる膵臓がんに対し、極限まで抗い、驚異的と言える生存率を生み出していたからです。

その二人とは、富山大学附属病院の「膵臓・胆道センター」でセンター長を務める外科医の藤井努医師と、副センター長で内科医の安田一朗医師。それぞれ専門分野で広く名を知られる名医が、ここではタッグを組んで治療にあたっており、地元北陸はもちろんのこと、北海道から沖縄まで膵臓がん患者さんが訪ねてきているというのです。

これまで月刊『致知』で取材をしたことがなく、日夜病状が切迫した患者さんと向き合っておられるお二人が、簡単に引き受けてくれるだろうか? そう案じながらご連絡をしました。

すると、藤井先生からは「私のほうはどのようでも構いません」、安田先生からは「お話は藤井先生からお聞きしています」と、拍子抜けするほどすんなりとご快諾くださいました。そして年明けの8日(水)、富山に伺うことになりました。

実はその当日は大雪警報が出ており、富山近辺のJR在来線が事前に運休を発表するほどでした。現地は朝から雪が猛烈に降っており、無事にお会いできるか不安でしたが、富山駅からバスに揺られること30分。何とか到着し教授室にお邪魔すると、お二人は談笑しながら出迎えてくださり、取材が始まったのでした。

多くの病院で内科と外科はいがみ合っている!?

内科のトップと外科のトップが、どこか気恥ずかしそうにしながら、笑って取材に応える。厳しい命の現場で闘う医師のお二人だけに意外に思う半面、外部の人間である私たちには非常に自然な姿にも見えました。けれども、それが本当に稀有なことだと分かったのは対談中のことです。

〔藤井〕
内科と外科というのは、どこも往々にして仲が悪いですよね。「うちが病気を見つけてやってるんだ」という内科と、「こっちが手術してやってるんだ」という外科がいがみ合っている。それは散々見てきましたので、これを変えたい思いはずっとありました。

〔安田〕
私も、内科の皆に「これが〝普通〟なんだよ」と普通の医療を教えているつもりです。テレビドラマなどでは、外科と内科が互いにいがみ合っている場面がよく見られますし、実際に内科と外科の仲がぎくしゃくしている病院が少なからずありますが、決してそれが普通ではない、私たちのやり方が普通なんだと。

一般の民間企業では、生産部門と営業部門がいがみ合っている、という話がよくあります。しかし、この富山大学附属病院 膵臓・胆道センターではその逆を行っていました。こと膵臓がん治療においては、そうでなければならない理由があったのです。

〔藤井〕
なぜかというと、仮に「膵臓に影がある」と診断された患者さんが来た時、それが膵臓がんなのか別の病気なのか、診断は難しい。手術がすぐに必要なのか否かも、腕のある内科の先生でないと判断・指示できません。殊(こと)に膵臓がんでは、内科と外科が噛み合っていないといけないんです。

〔安田〕
そこが肝ですね。

〔藤井〕
ですから、何とか信頼できるパートナーに来てもらいたい。考えて思い至ったのが「膵臓・胆道センター」の立ち上げでした。消化器といえば肝・胆・膵とまとめられがちですけど、私たちは膵臓と胆道のプロフェッショナルだと宣言したかったんですよ。

〔安田〕
膵臓と胆道というのは、位置が近ければ検査法や手術法も近しい器官で、肝臓とは全く別物ですよ。それを明確に打ち出した医療機関は日本初でしたね。

診断で見つけづらく、発見された時にはほとんど手術できない状態になっているという膵臓がん。そうしたステージⅣで見つかった場合、5年後に生きていられる確率は、僅かに1.8%(2020年の統計)だといいます。2018年、この膵臓がんに立ち向かうため、富山に赴任したお二人が中心となって設立したのが膵臓・胆道センターでした。

驚異の五年生存率の秘訣は〝人〟にあり

藤井先生、安田先生を中核とする同センターによってもたらされた医療の風土と数字には、驚かされます。

普通、膵臓がんの疑いがある患者さんは、すべての検査を終えるだけでも初診から1か月や2か月がかかるといいます。それがこの膵臓・胆道センターでは来院当日にCT、そしてMRIを撮り、採血まで完了。そのまま内科の外来に移り、超音波内視鏡の予約まで取れるようになっています。結果として、遅くとも初診から2週間もかからずに治療の方針が固まり、手術や抗がん剤など何らかの治療に入れるのだそうです。

そうした様々な改善の結果、同院では切除可能な膵臓がん患者さんの五年生存率が、なんと約40%に引き上げられています。また、他の病院で切除不能と診断されたがんについては、約30%を抗がん剤や放射線で小さく切除可能な状態にし、2022年に五年生存率が58.6%に達したそうです。

この驚異的な医療が実現した根っこには、チーム医療の存在があります。本対談でその舞台裏に迫っていますが、ここでは少しだけ紹介しましょう。

◉常識を鵜呑みにせず、すべて自分の頭で「本当にそうか?」と疑ってみる――藤井努
▲藤井氏が啓発を受けたという膵臓がん治療の世界的外科医・中尾昭公氏(左)と[藤井氏提供]

〔藤井〕
膵臓がんに取り組む上でよかったのが、人の話を素直に聴けないという私のひねくれた性格です(笑)。

膵臓がんは、患部を切除した後に膵液(すいえき)が漏れて膿が溜まったり、その液が血管を溶かして大出血が起きたりと、深刻な合併症が起こることが通説として知られています。こういうケースでは、中尾先生にも「こういうもんだ」と諭されましたが、私は相手が誰でも鵜呑みにせず「本当にそうか?」といつも疑っていました。

もっと根本的に、もっと安全に治す方法があるんじゃないかと。世間の常識はそうかもしれないけど、目の前の患者さんは必死で私たちに助けを求めておられるわけですね。医者が「そういうものか」と納得してしまったらそこで終わりですよ。

 
◉どんなに権威ある先生や論文が相手でも、必ず自分で試して、自分で評価する――安田一朗
▲ドイツ留学時代の安田氏に、超音波内視鏡の技法を授けた恩師ニブ・ソーヘンドラ氏(右)[安田氏提供]

〔安田〕
たぶん、藤井先生と私の共通点は、現状に常に満足していないことですよ。もっといい方法がないか、常に考えている。

私もどんな権威ある先生が言っていることや論文であっても鵜呑みにはしません。必ず自分でやってみて、自分自身で新しい手技や道具を評価するということを続けてきました。これが自ずと医者としての実力、腕を磨くことにも繋がってきたんだと思います。

話を富山に戻しますと、だからおかしいと思うことはどんどん変えてきました。

藤井先生は外科医、安田先生は内科医として、それぞれのキャリアの中で絶えず〝常識〟〝前例〟といったものを甘受せず、自らの実践と修練によって、納得いく医療をしようと奮闘してこられました。そうして磨き上げた実力をもって、富山大学附属病院で合流後、改革に取り組んでいかれたのです。

当初は現在と打って変わって、病院は大変な状況だったといいます。冒頭に記したように、交通の便が良好ではなく、冬場は雪のため患者さんの通院が一層困難になります。さらに、スタッフ全体のモチベーションにも課題があったそうです。

その状況からいかにして立ち直り、現在のような全国的に注目を集める医療機関へと生まれ変わったのか。そこにはお二人の医師としての実力はもちろん、人間的な魅力と信念の力があったことは疑いようのない事実です。本対談は医療の現場の貴重な証言であると共に、限られた条件の中で組織を発展させる妙諦があるように思います。ぜひ、ご一読ください。

▼対談内容はこちら!

◇膵臓がん患者の〝最後の砦〟
◇僻地で日本初の専門科をつくる
◇内科医と外科医の異例タッグ誕生
◇外科の常識に違和感を抱いて
◇挫折から始まった内科医の道
◇チーム医療はこうして誕生した
◇スピードと精度で勝負する
◇6部門一体のコンバージョン手術
◇一例一例の積み重ねが現実を変えた

▼『致知』2025年3月号 特集「功の成るは成るの日に成るに非ず」
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◇藤井 努(ふじい・つとむ)
昭和43年愛知県生まれ。平成5年名古屋大学医学部卒業、小牧市民病院研修医。18年名古屋大学大学院修了、医学博士。米国マサチューセッツ総合病院(ハーバード大学)に留学後、21年名古屋大学第二外科(消化器外科学)助教。同講師、准教授を経て、29年より富山大学消化器・腫瘍・総合外科(第二外科)教授。30年9月より富山大学附属病院膵臓・胆道センター長。

◇安田一朗(やすだ・いちろう)
昭和41年愛知県生まれ。平成2年岐阜大学医学部卒業。岐阜市民病院を経て、10年岐阜大学病院。14年医学博士、ドイツハンブルク大学エッペンドルフ病院内視鏡部留学。岐阜大学第一内科講師、同准教授を経て26年帝京大学消化器内科学教授。30年6月より富山大学消化器内科(第三内科)教授。同年9月より富山大学附属病院膵臓・胆道センター副センター長。

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