2024年11月02日
39歳で当時4億円の累計赤字を抱えていた諏訪中央病院の院長に就任し、「温かな病院づくり」を信条に当病院を黒字化に導いて来られた名誉院長・鎌田實氏。貧しい境遇で育った鎌田氏が医者の道に進んだ背景には、父親との激しいぶつかりがありました。しかし鎌田氏が医者としての背骨になっているのは、父親の言葉だといいます。(対談のお相手は、臨床心理士の皆藤章氏です。)
◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。
たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。
※動機詳細は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください
医者としての背骨になった父の言葉
<皆藤>
先ほどお父様のことに触れておられましたが、そもそも鎌田先生はどのようなきっかけで医者の道に進まれたのでしょうか。
<鎌田>
私は東京で生まれ育ったのですが、お伝えしたように生活がとても貧しかったんですね。
青森県の農家の末っ子だった父は、当時タクシー運転手として朝から晩まで働き、心臓病を患っていた母はずっと入院していました。
ですから、母のような体の弱い人を助けられる医者になりたいという思いがまずありました。
その一方、貧乏で学校が夏休みや冬休みになってもどこにも旅行に行けず、図書館で借りた本を二度も三度も読み返すという生活を送っていたこともあって、将来は自由に世界を飛び回る人間になりたいと考えるようになりました。
ですから、医者を目指すにしても、自由になるというのが最大の目標で、医者がだめなら寿司屋になって世界中にチェーン店をつくればいいという発想でいました。
<皆藤>
自由になりたいという思いが、鎌田先生の原動力だった。
<鎌田>
そういう中で、先ほどお話ししたように、医者になるために大学に行きたいという思いを父に伝え、最終的には医学部に進むことを許してもらったのですが、その時に父がこう言ったんです。
「約束しろ。医者になっても弱い人や貧乏な人のことを忘れるな」
<皆藤>
弱い立場にある人を思いやる医者になりなさいと。
<鎌田>
その後、私は国立大学の医学部に合格し、無事卒業して内科医になったのですが、父の言葉がずっと心に残っていましてね。
教授に言われるがまま、同級生たちが都会の大病院に就職していく中で、私は当時4億円の累積赤字を抱え、医者が来なくて困っていた田舎の諏訪中央病院に行くことに決めたんです。
周りには「そんな病院に行けば医者として偉くなれない」と言われましたけれども、父との約束があった私は、自分は偉くなるために医者になったんじゃない、困っている病院に行って何が悪いんだと、たった一人諏訪中央病院に赴任しました。
ですから、諏訪中央病院に行くことを決めた時も、病院の立て直しや地域の方々の健康増進活動に取り組んでいった時も、「弱い人のことを忘れるな」という父との約束が私の支えになり、守り導いてくれたように思うんですよ。
「三分の一の悪人」ではないですが、もし父の言葉がなければ、私はすぐに調子に乗って、大きな躓きをしていたでしょうね。
父には本当に感謝していますし、父のことを忘れたことはありません。
<皆藤>
お父様の教えが、先生のバックボーンになったのですね。
<鎌田>
ただ、これは30代後半にパスポートを取得した時に分かったことですが、実は両親は私の本当の親ではなかったんですね。
生みの両親が育てられなくなったために、生活が苦しかったにも拘らず父と母が私を引き取ってくれたんです。
もともと父と顔は似てないし、母はずっと病気だし、おかしいなと思ってはいました。
<皆藤>
ああ、そうでしたか。
<鎌田>
そのことを父も母も亡くなる最後まで私に明かしませんでしたし、私も事実を知ったことは両親に黙っていました。
自分たちも貧しい中で私を引き取り大切に育ててくれたことを思うと、両親への恩というのは、なおのこと返し切れないほど大きいんです。
(本記事は月刊『致知』2024年11月号 対談「命をみつめて生きる」より一部抜粋・編集したものです)
◉『致知』2024年11月号 特集「命をみつめて生きる」に鎌田氏がご登場!!◉
貧しい境遇にも屈せず医者となり、弱い立場にある人々のために力を尽くすと共に、国際医療支援や作家としても幅広く活躍する鎌田 實氏。日本を代表する臨床心理学者・河合隼雄氏に薫陶を受け、臨床心理士として人生に悩み苦しむ人々の心に寄り添い、共に歩んできた皆藤 章氏。生と死の現場で命を見つめ続けてきたお二人が実体験を交えて語り合う、私たちが生きていく意味、幸福な人生を送る要諦――。
↓ 対談内容はこちら!
◆自分の中には「3分の1の悪人」がいる
◆何もしないことに全力を注げ
◆医者としての背骨になった父の言葉
◆人生を変えた生涯の師との出会い
◆本当に大切なものは形の向こう側にある
◆悲しき人間と共に歩むそれが臨床心理士の道
◆原点に戻ることで進むべき道が見えてくる
◆生きていくプロセスに意味はやってくる
◆死をみることで命がみえてくる
◇鎌田 實(かまた・みのる)
昭和23年東京都生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の公立病院・諏訪中央病院に勤務。63年39歳で同病院院長に就任。地域一体型の医療に携わり、長野県を健康長寿県に導く。平成17年より名誉院長。また日本チェルノブイリ連帯基金と日本・イラク・メディカルネットを創設し軌道に乗せ、現在は顧問。国際的な医療支援の取り組みで、読売国際協力賞、日本放送協会放送文化賞を受賞。近著に『鎌田實の人生図書館』(マガジンハウス)『鎌田式 長生き食事術』(アスコム)など。
◇皆藤 章(かいとう・あきら)
昭和32年福井県生まれ。52年京都大学工学部入学。3年次に京都大学教育学部転学部。61年京都大学大学院教育学研究科博士後期課程研究指導認定。大阪市立大学助教授、京都大学助教授などを経て、平成19年より京都大学大学院教育学研究科教授。30年4月からハーバード大学客員教授に就任。現在、奈良県立医科大学特任教授。文学博士。臨床心理士。著書に『それでも生きてゆく意味を求めて』(致知出版社)。
◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。
※購読動機は「③HP・WEB chichiを見て」を選択ください