「世界のオザワ(小澤征爾)」はいかに誕生したか——指揮者・秋山和慶

日本音楽界の巨星・小澤征爾さんが令和6年2月、世を去られました。西洋音楽の伝統のない日本から、万国で愛される偉才はいかに誕生したのでしょうか。小澤さんが生涯の師と仰いだ桐朋学園オーケストラの産みの親、齋藤秀雄さんの存在はいかなるものだったのか。お二人と70年来の交流を持つ国際的指揮者・秋山和慶さんに語っていただきました。

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単身世界に乗り込む

〈秋山〉
……戦後の貧しさで、日本の音楽文化は大きく低迷しました。そんな中、焼け残ったボロボロの建物を改築した校舎で、日本の音楽界全体のレベルを押し上げようと1948年に立ち上がったのが、齋藤秀雄先生やピアニストの井口基成先生を中心とする「子供のための音楽教室」です。

有志の音楽家たちが、音楽を志す子供たちに個別レッスンをつける先駆的な試みでした。これに共感した三井不動産社長の江戸英雄さんらが支援を名乗り出てくれ、ご紹介した通り、桐朋学園に音楽科ができたのです。

ですから小澤征爾さんが桐朋にいた時代というのは、楽譜を手に入れるだけで大変でした。齋藤先生がガリ版に書き込んだ譜面を印刷所に持ち込んで、小澤さんたち先輩が手を汚しながら一枚一枚複写してくれていたのです。これは私も後に経験しましたが、苦労して写すほど楽譜が頭に残り、大変勉強になりました。

短大時代の小澤さんは齋藤先生の助手でした。指揮者の譜面台が壊れれば針金を持ってきて板を繋ぎ、自分の手で直すなど、練習以外の細かい仕事もよくやられていました。その中で齋藤メソッドを吸収したのでしょう。クラシック誕生の地で音楽を学ぶという夢を胸に1959年、23歳で欧州へ「音楽武者修行」に出ます。

当時はビザが滅多に下りず、一般人が海外に出るのは大変珍しいことでした。しかし彼のすごさは、故郷満洲で歯科医をしながら、政治にも影響力を持ったお父さん譲りの尻込みしない行動力、バイタリティです。

桐朋に縁のあった三井不動産の江戸さんら有力者に資金援助を求めて全国を行脚。最後は富士重工業のスクーターを一台貰もらい受け、日の丸のついたヘルメットを被り、ギター一本を背負って船に乗り込んでいきました。

2か月の航海の末にフランスのマルセイユに降り立った小澤さんは東部のブザンソンで開かれた国際指揮者コンクールに参加。約50人の参加者のうち唯一の日本人として見事、優勝を収めます。

ドイツ勢を中心に、奏者から見て分かりにくい指揮をする指揮者が多かった中、オザワの指揮は見れば分かる。その点に現地のオーケストラが大喜びしたわけです。

この優勝を受けて、小澤さんが齋藤先生に送ってきた電報には

「タタキハサイダイノブキデアル」(たたきは最大の武器である)

とありました。

「小澤からこんなのが来たぞ」という先生の顔は綻んでいました。齋藤メソッドが世界で認められた瞬間でした。

「齋藤先生に教わったことをたくさんポケットに入れておいて、それを少しずつ出していったんだ」

小澤さんはよくそんなことを言っていました。冒頭に挙げた通り錚々たる師に恵まれながら、齋藤先生の教えの上に独自のセンスで指揮を磨いていったのです。

凱旋帰国した若き小澤さんが楽員のボイコットを受け、長く日本を離れる転機になった「N響事件」の数年後、私はカナダのトロント交響楽団で一年間、彼の副指揮者を務めたことがあります。

海外の演奏会は夜遅く、20時や22時に始まることも珍しくありません。けれども彼はどんなに夜が遅くとも必ず朝5時に起き、2時間びっちりその日に演奏する楽譜を読み、書き込みをして、練習に出掛けていました。大所帯では80~90人にもなるプロの奏者を相手に、よい音楽をつくる、その準備の姿勢に学ばされました。

以降も彼は楽壇を駆け上がり、私もヴァンクーヴァー交響楽団の音楽監督などの栄誉ある仕事に恵まれて歩ませていただきました。

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(本記事は月刊『致知』2024年7月号 特集「師資相承」掲載記事から一部抜粋・編集したものです)

◎秋山和慶さんの記事には、
 ・思い出す兄弟子の笑顔
 ・痩せたオオカミと若きマエストロ
 ・齋藤メソッドに導かれて
 ・日本のクラシックの根底にある師資相承
 ・魂が織り成すオーケストラ

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◇秋山和慶(あきやま・かずよし)
昭和16年東京生まれ。38年桐朋学園大学音楽学部卒業。翌年2月に東京交響楽団を指揮してデビュー、同団の音楽監督・常任指揮者を40年にわたり務める。その間、トロント響副指揮者、ヴァンクーヴァー響音楽監督(現・桂冠指揮者)等、世界の名立たる楽団に客演。令和6年に指揮者生活60周年を迎え、9月、東京にて記念演奏会を開催。 

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