2023年10月23日
才能溢れる選手同士が火花を散らすプロ野球界。現時点で完治する術は明らかになっていない「1型糖尿病」を抱えながら、人気球団である阪神タイガースで16年間の現役人生を全うした選手がいます。岩田稔さん(Family Design M代表)です。『致知』2023年11月号のインタビューで対面した〝不屈の左腕〟の素顔――。 ◎各界一流プロフェッショナルの体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。人間力を高め、学び続ける習慣をお届けします。
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うだるような暑さの街中に颯爽と現れた
日本各地を猛暑が襲った2023年8月の末、弊社社屋の前で待っていると、スーツに身を包んだ大きな体が目に入りました。元阪神タイガース投手・岩田稔さんです。普段は地元大阪を中心に活動されていますが、取材のために東京までお越しくださったのです。
取材を申し込んだテーマは「幸福の条件」。
その理由はいくつもありますが、岩田さんが「1型糖尿病」という突発性の、原因が究明されていない難病に罹りながら、生きる意欲を失わなかったこと。また、本人に持病があろうと成績がものを言うプロの世界において、16年間粘り強く闘い続けられたことにも心を動かされたからです。
未解明の難病と共に生きて
そもそも、1型糖尿病は一般的に知られている糖尿病とどこが違うのでしょうか。岩田さんの見解を抜粋して紹介します。
〈岩田〉
糖尿病というと、甘いものの食べ過ぎや運動不足などで罹るイメージが強いでしょう? それは主に「2型」の話です。
1型は日本の糖尿病患者のうち僅か数%、子供の年間発症率は10万人に2~3人と言われていて、原因はまだ完全には解明されていません。発症年齢のピークも2型は成人なのに対して、ゼロ歳児が発症することもあります。子供や若者が突然発症する例が多いのが特徴です。
プロ入りした頃、よく「ええもん食べてたんやな」ってからかわれましたが、生活習慣は関係ないですね。かといって遺伝かというとそれも違います。誰が悪者という話ではなくて現状は、なったら仕方ないという病気なんです。
聞くところによると、イギリスのメイ首相や、現在メジャーリーグのボストン・レッドソックスで活躍するアダム・デュバル選手、サッカーの強豪レアルマドリードのナチョ・フェルナンデス選手らも同様に、病と共に生きているとのこと。
岩田選手が発症したのは17歳、高校2年生の冬でした。高校球児にとっては最後となる春のセンバツ、夏の甲子園出場を懸けた闘いに向かう時期に、突然の病に襲われたのです。
「何度もひどい偏見に遭い、壁にぶち当たってきました」。岩田さんは続けます。
私はエースでした。そこに、一日3回の食事と寝る前の計4回、インスリン注射をしてくださいと。これから一生、お腹が減って食べる度に注射を打たないといけないのかと、目の前が真っ暗になりましたね。
1型を発症した小さい子が、これを受け容れられずに「何で自分だけ?」って塞いでしまうことも少なくないんです。
なぜ、岩田さんはその度に立ち上がり、闘い続けたのか。その陰には主治医、野球部の恩師、同じ糖尿病と生きる子供たち、そして家族の声援と支えがありました――記事では一つひとつのエピソードを紹介しています。
1型を治る病気にしたいから
岩田さんの歩みで最も感動したのは、プロとしての活動の他に、1型糖尿病患者のための活動を一貫して行い、闘う姿を見せることを第一に歩み続けてこられたことです。そこに自己一身の功名心は見受けられず、実際に行動に移されています。何より、2021年の引退後に起業したのもそのためだと語られています。
いま、岩田さんは1型糖尿病の子供たちを集めた草野球大会をはじめとするイベントを企画し、いつでも楽しく、帰ってこられる場所をつくろうと奔走されています。記事で語られていること以外にも活動は多岐にわたり、その過程で、現役時代に出逢ったある男の子とのエピソードは聞いていて思わず涙がにじみました。
岩田さんは定期的に糖尿病の学会にも出席されていますが、ある時一人のお医者さんと出逢います。それは、かつて糖尿病患者の集まりで岩田さんの姿に憧れた子供のお一人でした。
1型を治る病気にしたいから、医者になりました――。
岩田さんの闘う姿は、着実に、同じ病を抱えた人の希望となり、生きる指針になっています。
本記事では、阪神タイガース初の役職となる「コミュニティアンバサダー」に就任し、現役引退以降も、解説者としてメディア出演を続けながら活動を拡げる〝希望の星〟に、体験を踏まえた幸福に生きる条件を伺いました。
◉『致知』11月号 特集「幸福の条件」◉
インタビュー〝自分の中にあるインクを出し切る〟
岩田 稔(阪神タイガース コミュニティアンバサダー)
↓ インタビュー内容はこちら!
◆言い出せなかった「引退」の二文字
◆10万人に2~3人の難病 完全究明はまだ遠く
◆理不尽への反骨を力に
◆〝無援護病〟の揶揄を受けて
◆縦縞は脱いでも使命は消えず
◇岩田 稔(いわた・みのる)
昭和58年大阪府生まれ。大阪桐蔭高校2年次の平成12年、17歳で1型糖尿病を発症するも、関西大学を経て18年ドラフト希望枠で阪神タイガース入団。20年投手としてプロ初勝利、翌年第2回WBC日本代表に招集される。持病の啓発活動と共に16年間を同球団で投げ抜き、令和3年現役引退後、1型糖尿病啓発活動を行うためFamily Design Mを設立。近著に『消えそうで消えないペン』(ベースボール・マガジン社)がある。