困難を相対化して考えられる。出口治明が大事にする〝4つのP〟と古典の面白さ

ライフネット生命の創業者であり、2018年に立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任した出口治明氏。稀代の読書家である出口氏には、とりわけ大切にしている古典の言葉、そして読書と実践を通して掴まれた「4つのP」があるといいます。同じく古典を人生や仕事に生かしてこられたJFEホールディングス名誉顧問・數土文夫氏との対談を通して語っていただきました。

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勉強でも仕事でも大切な4つのこと

〈數土〉 
せっかくの機会ですから、出口さんがこれまで特に心に留めてきた古典の言葉をお話しいただけますか?

〈出口〉 
『貞観政要』に出てくる三鏡(銅の鏡・歴史の鏡・人の鏡)の教えは、僕の座右の銘の一つであり、これはぜひ若いリーダーに伝えたいですね。

「太宗、嘗て侍臣に謂いて曰く、
 夫れ銅を以て鏡と為せば、以て衣冠を正す可し。
 古を以て鏡と為せば、以て興替を知る可し。
 人を以て鏡と為せば、以て得失を明かにす可し。
 朕常に此の三鏡を保ち、以て己が過を防ぐ」
 
第一に、鏡に自分の姿を映し、元気で明るく楽しい顔をしているかどうかを確認する。上司が暗い顔をしていたら、職場の空気が淀み、部下が伸び伸びと働くことができなくなってしまう。

第二に、将来を予測する教材は過去の出来事しかないので、歴史を学ぶ。歴史を学んでいなければ、何か起こった時に慌てふためいてしまう。

第三に、部下の厳しい直言や諫言を受け入れる。
また、自分の周囲にそういう人を配置しないと、裸の王様になってしまう。
 
この三鏡の教えはシンプルかつ永遠の真理だと思います。數土さんはいかがですか?

〈數土〉 
私は「兼聴と偏信」に加えて、『論語』に出てくるこの言葉が好きです。

「道に志し、徳に拠り、仁に依り、藝に游ぶ」(人として正しい道に志し、これを実践する徳を本とし、仁の心から離れないようにする。そうして世に立つ上に重要な芸に我を忘れて熱中する)
 
芸というのは、礼(作法)・楽(音楽)・射(弓術)・御(馬術)・書(書道)・数(数学)から成る六芸のことを指します。古代中国では身分ある者にこれらの基本教養が必要とされていました。

〈出口〉 
要するに、リベラルアーツの東洋版ですよね。

〈數土〉 
先日、ノーベル生理学・医学賞を受賞された本庶佑先生は、まさにこの言葉通りの方ですよ。世の中の役に立つ仕事がしたいという志を立て、真剣かつ誠実な姿勢で研究に打ち込む傍ら、ゴルフも欠かさない。芸に遊んでいる。実に立派な方だと感激しました。

〈出口〉
いまの『論語』の言葉に関連しますが、僕は最近、「4つのP」が大事だとよく学生たちに言っているんです。

〈數土〉
「4つのP」ですか?

〈出口〉
どんなことをやるにしてもまずパッション(Passion)がないといけない。何が何でもこれをやりたいという情熱ですね。

次に何を目指すのかという目的がなかったらいけない。プロジェクト(Project)ですね。

情熱と目的があっても、一人だけでは決して成し遂げられません。ピア(Peer)、仲間がいる。

そして、最後はプレイ(Play)、遊び心。肩肘張って生真面目に頑張るだけでは疲れてしまうので、ユーモアやちょっとふざけたような遊び心がないと長続きしない。
 
勉強でも仕事でも、この「4つのP」がないとうまくいかないと思っています。

古典は逆境を乗り越える力を与えてくれる

〈數土〉 
他にも例えば、『韓非子(かんぴし)』を読んでいれば、理不尽なことを言う人がいても、これは理解してやらないとダメだと(笑)。

〈出口〉 
ああ、『韓非子』を読んだら、現実にかなり酷い人がいても許せますよね(笑)。

〈數土〉 
ええ、許せます。

〈出口〉 
世の中のたいていの悪い人に対しても、「まぁ仕方ないな」という寛容な気持ちになれる。これが『韓非子』のいいところです。

〈數土〉 
そうなんです。

〈出口〉 
『韓非子』には本当に凄まじく悪い人が桁外れのスケールで描かれているので、現実に会う人は多少悪くてもスケールが小さいというか、甘いというか。

〈數土〉 
そうそう。皆が優しく見えてくる。例えば、王様が料理人に向かって、おまえの料理はすごくおいしいけど、俺は人間の赤子だけは食べたことがないと言ったら、その料理人は自分の子供を料理に差し出すんですから。

それから、『孫子』を読んでいると、孫子がここまで準備を徹底しているのなら、これは自分が失敗するのはやむを得ないなと。冷静に自分を省みることができる。

〈出口〉 
東洋の古典はありとあらゆる人間の極限の姿までもが描かれている気がするので、幅も広いし、深さもある。

〈數土〉 
だから、あらゆる古典を読んでいれば、想定外なんて存在しないんです。想定していたけど、いろんな制約があって間に合わなかったというならまだしも、想定外と言う人は古典を学んでいない証拠であって、自分は愚か者だと言っているようなものだと。

〈出口〉 
そう思います。人間の5千年の歴史を見ていたら、考え得ることはすべて現実に起こっているので、想定外と言うのは勉強不足だという気がします。

〈數土〉 
私は大した経験はしてないんですけど、それでも2、3年に1回くらいのペースで、「どうしよう。これは進退窮(きわ)まった」という事態に直面してきました。

だけど、その時にハッと考えて、

「いまの自分の立場は『史記』『十八史略』だったらどのケースに当てはまるだろう」

とか

「諸葛亮孔明だったら、曹操だったら、太宗だったら、魏徴だったら、どう判断するか」

と古典をダーッと検索すると、その時に相応しい答えが見つかって、ここで窮まったと考えるのはまだまだ甘いなと思い直すんです。

やっぱり目先のことだけを考えていると、視野が狭くなって進退窮まりますよ。

〈出口〉 
NHKの経営委員長や東電の会長など、大変な修羅場を潜り抜けてこられた數土さんとはスケールが違いますが、僕もこれまでベンチャー経営に携わってきて、一所懸命応援します、出資しますとか言いながら、実際は全然実行してくれない人とか、足を引っ張る人にも出会ってきました。

數土さんと同じように、何か困難が起こった時には、頭の中でイメージして、彼は『韓非子』に出てくるあの人によく似ているなとか、『三国志』だったらどの場面だろうとか、類推することによって冷静になれますし、事象を相対化できて考える余裕も生まれる気がします。そして、たいていのことが起こっても動じなくなるんです。

だから、一冊でも古典を学ぶことで器量は広がりますが、古典はそれぞれ書いている世界が違うので、様々な古典を読むことで学びが平面的なものから立体的なものへと変わっていくと思います。

(本記事は『致知』2018年12月号「古典力入門」より一部を抜粋・編集したものです) 

◎2023年12月号には、共に古典を活学し、人生・仕事に生かしてこられた數土文夫さんと齋藤孝さんの対談を掲載。長い歴史の中で子供たちのテキストとして読み続けられた書物『実語教』『童子教』について縦横に紐解いていただきました。本対談の詳細はこちら「致知電子版」でも全文をお読みいただけます】

◉數土文夫さんから『致知』へメッセージをいただきました◉

約10年前、『致知』を知りました。牛尾治朗氏にお教えて戴いた。爾来、欠かさず購読してきました。この度、創刊40周年、心から敬意と祝意を表します。

ぶれることのない編集方針と意図するところを読者に伝えようとする志、熱意に対してであります。読者層がこれ程、多種多様な月刊誌は他に類を見ない、との感、強く持っております。『致知』は常に実例、実話をもって人が学ぶことの重要さ、自から志をもって努力することの大切さを、熱く、漸新に訴え続けてくれています。このことを強く感じます。

読後、さわやかに新しい希望と活力を与えてくれます。まことに希有な存在であります。人生百年時代、その存在感は増してくるでしょう。創刊40周年を機に更に精進され、我々に人生の指針を与え続けてくれること、心から期待しております。

◇數土文夫(すど・ふみお)
1941年富山県生まれ。1964年北海道大学工学部冶金工学科を卒業後、川崎製鉄に入社。常務、副社長などを経て、2001年社長に就任。2003年経営統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。2005年JFEホールディングス社長に就任。2010年相談役。経済同友会副代表幹事や日本放送協会経営委員会委員長、東京電力会長などを歴任し、2014年よりJFEホールディングス特別顧問。

◇出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。1972年京都大学法学部を卒業後、日本生命保険相に入社。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、2006年退職。同年ネットライフ企画㈱設立、社長に就任。2008年ライフネット生命保険㈱を開業。2012年東証マザーズ上場。2013年会長(2017年退任)。2018年1月より立命館アジア太平洋大学(APU)学長。著書に『全世界史(上下)』(新潮文庫)など多数。

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