「負けて強くなる」——金メダリスト・阿部詩さんはなぜ頂点に立ち続けられるのか

東京2020オリンピックで史上初兄妹同日金メダル獲得し、ひと際脚光を浴びた柔道女子52㎏級の阿部詩(うた)選手。この5月の世界選手権でも、兄妹揃って金メダルを獲得する偉業を達成しました。

金メダリスト・阿部詩さんはいかにして心身を鍛え抜き、快挙を成し遂げたのでしょうか。日本体育大学柔道部で指導に当たる小嶋新太さんと共に、ご自身のこれまでの歩みを語っていただきました。

負けから学ぶ

〈本誌〉
阿部選手の柔道人生で転機となった出来事は何ですか?

〈阿部〉 

やっぱり高校1年生のインターハイで初戦敗退を経験したことです。中学3年生の時に初めて全国大会で優勝し、4月の全日本カデ体重別選手権でも優勝していたので、優勝候補と目されていました。自分でもまさか一回戦で負けるとは思っていなかったですね。

あの時は悔しさのあまり頭が真っ白になって、いままでやってきたことをすべて否定されたような感覚で、何日も泣き続けました。父も一緒に悔しがって涙を流しながら謝ってきました。全然謝ることじゃないのに、「これからもっと一緒に頑張ろう」と励ましてくれたことはよく覚えています。兄も「こんな負けで落ち込むな。次、頑張ればいい。まだチャンスがあるんだから」と。

〈本誌〉 

愛に溢れた言葉ですね。

〈阿部〉 

実はこの時、兄自身もリオデジャネイロ五輪代表の座を逃し、どん底の状態でした。自分が一番辛いのに、前向きな言葉をかけてくれたんです。家族をはじめ周りの人に支えてもらって何とか立ち直ることができました。

それまではどこか驕り高ぶった気持ちがあったのかもしれません。敗北を機に心の持ちようが180度変わりましたね。さらに成長しようという向上心に繋がり、技術的にも精神的にも強くなれたのだと思います。

〈小嶋〉 

詩の素晴らしいところは、負けを負けのままで終わらせずに這い上がっていく姿勢です。8月のインターハイで初戦敗退した後、翌年2月にデュッセルドルフで行われた柔道グランプリで優勝し、史上最年少の16歳225日でIJF(国際柔道連盟)ワールド柔道ツアー優勝を果たしました。

〈阿部〉 

初めてワールドツアーで優勝した時は自分でも驚きましたが、世界で戦えるんだという自信にも繋がりました。

〈本誌〉 

僅わずか半年で初戦敗退のどん底から世界の頂点へと上り詰めた。

〈阿部〉 

根っからの負けず嫌いなので、もうあんな悔しい思いはしたくない、誰が相手でも絶対に勝ちたいという気持ちで稽古に向かっていたことが大きいと思います。

〈小嶋〉 

普段から詩を見ていて感じるのは、修正能力がものすごく高いということです。自分で自分の悪いところに気づいて、どうすればいいか考えて修正できる。だからこそ、チャンピオンの座に立ち続けているのだと思います。

大学1年生の時も、11月に行われたグランドスラム・大阪の決勝でフランスのブシャール選手に敗れ、対外国選手の連勝記録が48でストップしてしまいましたが、翌年2月のグランドスラム・デュッセルドルフで再びブシャール選手と決勝で当たり、リベンジを果たしています。

〈阿部〉 

負けて強くなるという感じでしょうか。もちろん勝負に負けたくはないですが、勝って学ぶことよりも負けて学ぶことのほうが多いと思います。その学びを生かして次の試合に向けて準備する。負けをそのままにしてしまうのは勿体ないですね。


◎『致知』2023年1月号「遂げずばやまじ」には、阿部詩さんと小嶋新太さんの対談を掲載。本記事には、

・「感謝の気持ちを持って柔道に取り組みなさい」

・「厳しい練習と怪我の痛みに耐えてきた日々」

・「五輪で闘う覚悟が決まった一冊の本との出逢い」

・「五輪に魔物はいなかった魔物は自分の心がつくり出す」

・「一流選手に共通する三条件」

など、厳しい勝負の世界で掴んだ勝利するための心のあり方、一流選手になる条件を語り合っていただきました。本記事の詳細・ご購読はこちら「致知電子版」でも全文をお読みいただけます。こちらから】

◇小嶋新太(こじま・あらた)
昭和50年神奈川県生まれ。父親の影響で小学校高学年から柔道を始める。柔道の私塾・講道学舎に入門し、弦巻中学・世田谷学園高校を経て、日本体育大学へ進学。卒業後、平成10年綜合警備保障に入社。11年全日本実業柔道個人選手権大会で優勝。12年日本体育大学大学院体育科学研究科体育科学専攻修了(医学博士)。現役引退後は全日本男子ジュニアコーチなどを歴任し、28年より日本体育大学柔道部女子監督を務める。

◇阿部詩(あべ・うた)
平成12年兵庫県生まれ。兄・一二三の影響で5歳の時から柔道を始める。夙川学院中学・高校を卒業後、31年日本体育大学入学。現在、4年生。階級は52㎏級、段位は5段。27年グランプリ・デュッセルドルフを制し、史上最年少の16225日でIJFワールド柔道ツアー優勝を果たす。30年、令和元年に世界選手権2連覇。3年東京2020オリンピックで史上初の兄妹同日金メダルを獲得。パリオリンピックでの2連覇を目指している。

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