国鉄改革の旗手・葛西敬之さんが語った「人間学」を学ぶ大切さ

旧国鉄の分割民営化という大改革の一翼を担ったJR東海名誉会長・葛西敬之さんが、令和4年5月25日、逝去されました。月刊『致知』には何度もご登場いただき、うち三度は表紙を飾っていただきました。
葛西さんは自らの半生、国鉄改革の一部始終を振り返りつつ、若い頃に人間学を学ぶ大切さを説かれています。日本の経済史に残る大改革の根底にあったものは何だったのでしょうか。生前のご厚誼を深謝し、ここに紹介いたします。

道なき道を切り開くための要諦

葛西
2年間の留学生活を経て帰国してみると、国鉄は大赤字になっており、もう迷っている余裕などなかった。

日々押し寄せてくる難問に精いっぱい対応するうちに時が経ち、今日に至ったというのが偽らざる心境である。

入社してすぐに「ここは自分が一生過ごす場所ではない」と迷いながら仕事をしていた私が、その後国鉄再建のために分割民営化を推し進め、さらに民営化後はJR東海で東海道新幹線のシステムを磨き上げてきたわけだから、人生というものは分からない。

ここで若い読者の方々のために、国鉄が崩壊に至った要因に触れておこう。

当時の国鉄は、重要な経営施策がすべて国会で決められていた。運賃の値上げ一つを取っても国会で承認を得なければならず、常に経営合理性とは別世界の政治的駆け引きが優先された。思い切った改革案も野党の反対で実施できず、問題を先送りし続けた挙げ句にとうとう立ち行かなくなったのである。

私は30代で国鉄の再建計画に携わる部門に配属されたが、そこで行われていたことは表面的な弥縫策(びほうさく)に終始し、これでうまくいくという実感を持てたことは一度もなかった。

私はそうしたことの繰り返しの中で、国鉄再建には分割民営化しかないという信念を固めていった。

改革に主体的に取り組むことになったのは、国鉄経営が崩壊し、地図のない世界に踏み込んだ時で、40代に入ってからのことであった。それからの仕事は、自らの責任で道なき道を切り開いていくものへと一変した。

その時役に立ったのは、法律や経済の知識というよりも、幼い頃からの読書体験を通じて養った人間学だったと考えている。

高校で教師を務めていた父の手ほどきで、私は幼い頃から俳句や和歌に親しみ、さらには『論語』をはじめとする古典の数々を父と差し向かいで勉強した。

それを土台に、学生時代は東西の古典や伝記、小説、幕末・明治以降の日本の政治外交史、フランス革命から第二次世界大戦に至るヨーロッパの政治外交史や戦史等のカテゴリーを中心に手当たり次第に読んだ。

仕事というものは、年齢を重ねるにつれ人間についての深い理解が求められてくる。私が読書を通じて学んだ人間学は、仕事の責任が増すにつれ役に立った。

『論語』に書かれていることなど、子供の頃には少しも面白くは感じない。しかし、様々な経験を積んだ後になってみると、「なるほど」と納得することが多い。

例えば、「人の為に謀(はか)りて忠(ちゅう)」「朋友(ほうゆう)と交わりて信」「習わざるを伝えず」などという教えは仕事を進めていく上で不可欠なことである。

あるいは「学びて思わざれば則(すなわ)ち罔(くら)し」「思いて学ばざれば則ち殆し」という教えも正鵠(せいこく)を射るものである。

これらの教えは、国鉄改革の中においてもキーポイントとなった。


(本記事は月刊『致知』2018年4月号 連載「二十代をどう生きるか」より一部を抜粋・編集したものです)

◉前例のない改革を成し遂げた業界の旗手として、晩年までリーダーに求められる資質、古典の教えを授けてくださった葛西敬之名誉会長。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。葛西敬之(かさい・よしゆき)
昭和15年生まれ。38年東京大学法学部卒業後、国鉄入社。職員局次長などを歴任し、国鉄分割民営化を推進。62年JR東海取締役、平成7年社長就任。16年会長。26年より名誉会長。著書に『飛躍への挑戦』(ワック)など。令和4年5月逝去。

▲最後のご登場となった2020年3月号、10ページに及ぶロングインタビュー。全文はこちら

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