7千人を超える自殺志願者を救ってきた佐藤久男(蜘蛛の糸理事長)が語る〝言葉の力〟

1990年代に年間の自殺者が3万人を超え、いまなお毎年2万人以上が自ら命を絶っている自殺大国日本。その中で、20年にわたって独自の自殺予防活動に取り組み、地元・秋田県の自殺者を減少に導いてきたのが、NPO法人「蜘蛛の糸」理事長の佐藤久男さんです。しかし、佐藤さん自身もかつては経営する会社が倒産し、自殺の瀬戸際まで追い込まれたといいます。佐藤さんを自殺の危機から救った先人の言葉についてお話しいただきました。

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「嵐の中でも時間はたつ」

――佐藤さんが自殺予防に取り組み始めた原点をお話しください。

(佐藤) 

私はもともと県庁職員として働いていたのですが、次第に自分で事業を興したいとの思いが強くなりましてね。1977年、34歳の時に地元・秋田県で不動産会社を設立して、その後も複数の会社を経営するなど順調に事業を拡大していきました。当時、年商は15億円ほどありました。

ところが、バブル崩壊後の長引く不況で資金繰りに行き詰まり、2000年に経営する会社はすべて倒産、自己破産したんですよ。

――ああ、倒産、自己破産を。

(佐藤) 

さらにその前から、倒産の恐怖で鬱病を発症し、精神科に通うようになっていました。とにかく倒産すればいままで築いてきたものが皆なくなってしまいますからね、ものすごく怖いんです。

そして、長女に手伝ってもらいながら倒産後の様々な残務処理に忙殺される中で、鬱病の症状はどんどん重くなっていきました。布団に入っても眠れず、やっと眠れたと思ったら、街路樹で首を吊ったり、地獄の暗闇に落ちる自分の姿が次々と現れてくる。また、幻覚や幻聴がして、見知らぬ人が「あなた、自殺すれば楽になるよ」って語り掛けてくるんですね。

――……凄まじい状況です。その苦難をどう乗り越えたのですか。

(佐藤) 

そんな私を支えてくれたのが、40歳頃に出合って以来、折に触れて読み返していた伊藤肇さんの『左遷の哲学』でした。

いまも人生のバイブルなのですが、この本の中にシェイクスピアの「嵐の中でも時間はたつ」という言葉が出てきましてね。死んでしまいたいと思うほどの苦しみの真っ只中にいたとしても、どんな嵐、苦難も過ぎ去る時が必ず来る、そう自分を慰めることができたんです。

――まさに言葉が佐藤さんの生きる力になったのですね。

(佐藤) 

あと、もう一つ同書で励まされたのは「人の一生には〝焔の時〟と〝灰の時〟がある」という勝海舟の言葉。つまり、人生には何をやってもうまくいく勢いのある焔の時と何をやってもだめな灰の時がある、だめな時には自己に沈潜して、自己に向き合って時が巡ってくるのを待つことが大事だというわけです。

この言葉に力を得て、私は人生を10年の時間軸で考えられるようになりました。十年経っても自分はまだ68歳。1年目がうまくいかなくても、あと9年あるから大丈夫、まだまだ人生はたくさんある、生きていることが幸せだと自分に言い聞かせたんですよ。

(――確かに、まだ十年もあると思えば気持ちも楽になりますね。)

(佐藤) 

そうして鬱病になって3年目のことでした。良寛ゆかりの国上寺(新潟県)を訪れた時、大きな杉の木のある、椿の花が二、三弁落ちている庭を眺めながらうとうと居眠りをしたのです。はっと目を覚ました瞬間、「いままでの自分と何かが違う。鬱病は治った!」と思ったんです。実際、その体験以来、鬱病の症状に苦しめられることはなくなりました。

ですから、私は人生で行き詰まるということは決して悪いことではなくて、むしろとても素晴らしいことだと思っています。ある意味、行き詰まるというところまで自分は頑張ってやって来たということなんですからね。何かに挑戦しよう、進化・成長しようとしなければ、そもそも行き詰まるということもないわけです。


(本記事は『致知』2021年9月号「言葉は力」より一部抜粋したものです)

人間が追い詰められた時、最後に救いになるものと何か。自分や他人を追い込まない生き方、心の持ち方を7000人の命の声に向き合ってきた佐藤久男さんに語っていただいています。佐藤さんがご登場の2021年9月号「言葉の力」は電子版でもお読みいただけます。詳細はこちら

 

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