2021年06月11日
カトリックへの深い信仰、ダウン症をもって生まれた息子・周君への愛に満ちた眼差しから、人々の心に寄り添う珠玉の詩を綴り、いま写真詩集『天の指揮者』で話題を集める詩人・服部剛さん。本連載では、詩作や詩集の出版のみならず、朗読会や講演活動など多方面で活躍を続ける服部さんに、心にあたたかい灯をともす詩と共に、コロナ禍を生きる人々へのメッセージを寄稿していただきます。最終回となる第5回では、詩『盲目のひと』に、それぞれが自分自身を導く「白いステッキ」を見出し、明るい未来へと力強く踏み出していく力と希望をもらいます。
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白いステッキで
詩:「盲目のひと」
朝の信号は、青になり
盲目のひとは白いステッキで
前方をとんとん、叩きながら
横断歩道を渡ってゆく
日々の道を歩く
惑い無き後ろ姿
人混みに吸い込まれ
段々・・・小さくなってゆく
模範解答の無い人生に
心配事はつきもので
不安を膨らませれば果てしない この世界で
私は毎朝、目を凝らす
ゆっくり でも確かな道を探りながら
とんとん、闇の中を行くひとの
あの白いステッキに
無明を怖れる心
〈服部〉
この連載も最終回となり、読んでくださった皆様に心から感謝しています。今回も私の記憶に残る思い出の場面から何かを分かち合えれば、と思います。
私は以前、17年間、高齢者の介護職をしていました。毎朝、職場へと向かう長い一本道で、詩に出てくる盲目の方をよく見かけました。その方と話をしたこともなく、いつから目を悪くしたのかも知りませんでした。
信号が青になり、早足で歩き始める人々の背後から、手にするステッキで地面を叩き、ゆっくりと着実に進む後ろ姿が、今も心に浮かびます。
もし、自分の目が見えなくなったことを想像したら、どんなに不安になるでしょうか。人間の心には根本的に、暗闇を怖れる心理があると思います。
ところで、最近の私が初めて陥りそうになった心理状態をお伝えすると――私は執筆活動とともに、心のケアの活動(傾聴や分かち合いのサロン等)をしていますが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の発令を受けて、活動は中止となり、外出も控えていました。そのような日々のなか、徐々に感じていた漠然とした不安は広がり、ある晩、急に心が息苦しくなるような不安な感覚に襲われそうになりました。
<これはまずい……>と思った私は、とっさに体をほぐしたくなり、手足の体操を始めたり、元気なかけ声を出して足踏みをしたり……。自分の心身を<ポジティブな感覚にしよう、しよう>と努めました。そして、当たり前にそばにいてくれる妻に優しく接したい、という感情になり、「いつもおつかれさま」と声をかけ、ダウン症児の息子の無垢な笑顔を見ては頭を撫でて、小さな手を握り、自分自身の内面に温かな感覚を、必死に取り戻そうとしました。そして十数分の後、ゆっくりと平常の感覚になれたのでした。
人それぞれに個人差はあると思いますが、この十数分間の経験で思ったことは、ポジティブな感覚で体を動かすこと、誰かに温かな言葉をゆっくりと発することは、私の場合、自分の心身の状態を取り戻すように作用した、ということです。
コロナ禍では自粛を心がけることは大切ですが、人間の心と暮らしにはバランスが大切であり、予防をしっかりとしながらも、時には外に出て日の光を浴び、深呼吸をすることの大切さが、身に沁みました。
内面の光を求めて
〈服部〉
今、無数の人々が厳しい現実と向き合っています。一人ひとりの人間の「心の距離」が物理的に離れるケースが増えるなかで、私のこの十数分間の体験は、「誰にとっても無関係ではない問題を含んでいるのではないか?」と感じました。
さらに、人間や自然を含め、「いかにしてお互いを大切に、今を生きられるか?」ということも、コロナ禍という出来事は密かに問うているのかもしれません。
この原稿を書いている今夜も耳を澄ますと、あの「盲目のひと」が杖を叩くとんとん、という音の深い響きが聴こえます。私も覚束ない足どりですが、その音についてゆきながら、丁寧に日々を歩んでいきたいと思います。
「今日、出会う誰か」と互いに、温かな灯を分かち合う者になりたい――と、願いながら。
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※本連載は今回が最終回となります。ご愛読ありがとうございました。
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◇服部 剛(はっとり・ごう)
昭和49年東京都生まれ、神奈川県育ち。平成10年より本格的に詩作・朗読活動を始める。日本ペンクラブ会員、日本文藝家協会会員、日本現代詩人会会員、四季派学会会員。詩集に『風の配達する手紙』(詩学社)『Familia』(詩遊会出版)『あたらしい太陽』(詩友舎)『我が家に天使がやってきた』(文治堂書店)、近刊に『天の指揮者』がある。ブログ「服部剛のポエトリーシアター」、フェイスブック、ツイッター、ユーチューブチャンネル「服部剛の朗読ライブ」などで詩や思いを綴る他、朗読や講演活動も行っている。
★服部剛さんが自ら人生を振り返りつつ、詩人としての原点、ダウン症の息子・周君への思いを語っていただいた『致知』の記事はこちら!