2021年06月01日
童謡を歌い、子供たちと一緒に心を養いたい―その思いで30年以上にわって童謡を歌い続けてきた日本国際童謡館館長の大庭照子さん。昔は日本人なら誰もが口ずさんでいた童謡が歌われなくなっていく現代日本において、大庭さんに改めて童謡の持つ力と素晴らしさをお話しいただきました。
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童謡が人々の心を養う
〈大庭〉
……以前、ある中学校に行った時のことです。どんなに注意しても、生徒たちがずっとソワソワしてじっとしていられないのです。ただ、単なる行儀が悪いというのとは違ったのです。コンサートが終わった後、
「この地域は厳しい環境で育った子どもたちが多く、赤ちゃんの時に抱っこされたり、言葉を掛けられたりする経験が少ない子が多いのです。その結果が出ているのです」
と先生が教えてくださった時の驚きを覚えています。
私は童謡もまた、幼児期には言葉掛けと同じくらい大切なものだと思っています。現在、学校関係のほかに産婦人科で赤ちゃんを対象とした子守唄コンサートや老人介護施設で認知症の方を相手にコンサートを開催するなど、聴衆が全世代へと広がり、その思いはますます強くなりました。
中には童謡を子どもの歌、簡単な歌と思っている方もいるかもしれません。しかし、私はクラシックからシャンソン、演歌などジャンルにとらわれず歌っていますが、一番難しいのは童謡だと感じます。
誰にでも分かるやさしい歌詞とシンプルなメロディーで感動を伝えるには、テクニックだけではダメなのです。一フレーズ、いや一言一言を疎かにせず、心を込めなければ歌い切れないのです。童謡をしっかりと歌えるようになったら、どんなジャンルでも歌えるようになる。それが私の持論です。
しかし、かく言う私も童謡を歌い始めたばかりの頃は、「子どもの目線で、明るく、かわいく」と勘違いをして歌っていました。しかし、子どもの真似をするのなら、子どもが歌ったほうがいいのです。人生の山坂を乗り越え、辿り着いたいまの自分の人生を素直に歌に込めるからこそ、相手の心に響く。それは聴衆が大人でも子どもでも同じこと。そういう意味で、私は童謡は「人生の歌」だと思います。
保育園などでは「ハイ皆さん、立って一緒に歌いましょう!」と言って皆で歌えますが、介護施設ではそうはいきません。それぞれの人生を経て認知症になられていますから、お一人おひとりを尊重してステージを務めなければならないのです。
「子どもの頃、どんな環境で童謡を歌われたのだろうか」。目の前にいる方々の幼少時代に思いを馳せ、私が歌いながら近づいていくと、それまで無表情だったのにニコーッと笑う方がいます。一緒に口ずさむ人もあります。
認知症で記憶がどんどん失われていく中、幼少の時に聞いた童謡は覚えている! 何十年とまったく別々の人生を歩みながらも、後半生で同じ時を過ごし、同じ歌を口ずさめる素晴らしさ。その現実を目の当たりにする時、私は改めて童謡の持つ力と、幼少期にしっかりと心の引き出しに童謡を入れておくことの大切さを感じるのです。
(本記事は月刊『致知』2007年1月号 特集「心を養い生を養う」より一部抜粋・編集したものです) ◎各界一流プロフェッショナルの珠玉の体験談を多数掲載、定期購読者数No.1(約11万8,000人)の総合月刊誌『致知』。あなたの人間力を高める、学び続ける習慣をお届けします。 たった3分で手続き完了、1年12冊の『致知』ご購読・詳細はこちら。
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昭和13年熊本県生まれ。35年フェリス女学院短期大学音楽科声楽科専攻科卒業。46年NHK「みんなのうた」で『小さな木の実』を歌い童謡の道へ進み、翌年「大庭照子のスクールコンサート」を全国で開催。3000校以上の学校を回る。50年大庭音楽事務所設立。平成6年熊本・阿蘇に日本国際童謡館を設立、館長となり、11年にNPО法人の認可を受ける。著書に『「小さな木の実」とともに』(家の光協会)がある。