2023年11月30日
笑いには「医力(いりょく)」がある――。医学博士の高柳和江さんと、2021年4月13日に逝去された筑波大学名誉教授の村上和雄先生は、そう提唱されていました。医学と遺伝子工学、異なる見地から放たれる〝笑い〟の知られざる効用に目を見開かされると共に、笑顔でポジティブに生きる大切さを教えられます。ユーモアを武器に、力強く朗らかに生きたいものです。
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笑いによってONになる遺伝子
〈村上〉
ストレス社会と言われて久しいですが、私はストレスにもポジティブ・ストレスとネガティブ・ストレスがあると思いました。
問題にされているのはネガティブ・ストレスで、それが加わると血圧や血糖値が上がったりする。では、喜びとか感謝とか、笑いとか、ポジティブなストレスを加えたら下がるのではないかという仮説を立てたんです。
こういうことを考え始めた時に、偶然吉本興業の社長に出会うんですよ。
〈高柳〉
ご縁ですね。村上先生が吉本興業と組んで笑いが体に与える影響を調べられていたのは、私は本当に画期的なことだと思っていたんです。
〈村上〉
実はそれまでは、吉本なんて全然見たことがなかった(笑)。だから、すべては偶然の出会いから始まったんですよ。
〈高柳〉
あれはいつ頃から始めたのですか。
〈村上〉
2002年ですね。みんな、遺伝子と吉本なんてミスマッチだと思ったはずですが、そうじゃなかったんですね。科学は知的なエンターテインメントだから。
まず、笑いによって血糖値が下がると仮定して、糖尿病のお医者さんのところに「こういう実験をやりたいんです」と相談に行ったら、ほとんどのお医者さんから「それはちょっと……」と断られました。まあ、そんなアホなこと、まともな医者はやりませんよ。
ただ、私たちはアホだったから(笑)、私の教え子の関係で半ば無理やり協力してもらって実験を開始しました。
やってみて分かったのは、笑いは科学にしにくいということです。よく「笑いのツボ」とかいいますが、東京の奥様と関西のおばちゃんでは、笑うところが違うんですね(笑)。そういう地域差もあるし、年代差もある。
だからどうしたら科学になるかを考えて、2日に分けて実験をすることにしました。対象は糖尿病の初期の患者さん二十数人です。1日目は軽い昼食後、大学の先生による「糖尿病について」という講義を聞いてもらったんです。特に下手な話をお願いしたわけじゃないですよ(笑)。先生にはいつもどおりの講義をしてもらった。
すると、食前に測った血糖値よりも、平均で123㍉も上がったんです。上がる人は200以上も上がった。これは予想以上でした。だから、血糖値の高い人はつまらない話を聞いちゃダメなんですよ(笑)。
2日目も同じ昼食を取ってもらった後、同じ時間から漫才を聞いてもらいました。そうしたら笑いによって平均77㍉下がっていたのです。
〔中略〕
こういう結果を発表し始めると、最初は「そんなアホな」と言っていたお医者さんたちもおもしろいと言い出して、その後、4万個の遺伝子を調べることに成功しました。
それで分かったことは、やはり笑いによってONになる遺伝子とOFFになる遺伝子があるということ。私はそうに違いないと思っていたし、みんな楽しいことをすれば体の調子が良くなるということはなんとなく感じていた。
しかし、我々は科学者ですからね、それをデータとして裏づけができたことは大きかったです。
人生は悲劇ではなく喜劇だ
〈高柳〉
私は自己効力感が非常に大切だなと思っています。自分のことを好きになって、自分が生きていることに価値があるんだと自分自身がしっかりと納得して、人生を歩んでいくことが大事。
お互いに相手のいいところに気づいて伝え合うことによって、笑い合い、一人ひとりの自己効力感を高めていただきたいと強く思っているんです。
〈村上〉
しかし、我々の世代にはちょっと練習がいるかな(笑)。家内なんか急に褒めたら逆に怪しまれる。何か下心があるんじゃないかって(笑)。それに相手のいいところを見つける努力も必要ですね。ボヤっとしていたら見つけられない。
〈高柳〉
確かに、ワークショップの初日、家に帰って家族を急に褒め出すと驚かれるらしいです。「どうしたの!?」って(笑)。
ただ、やっているうちにだんだん楽しくなってくるみたいですよ。電車に乗って、乗ってくる人を一人ずつ「この人のいいところはどこだろう」と考えていると、頭がクリアになってくるといいます。
だから、ワークショップ終了後には、みんな「自分は頭の回転が速くなったように感じる」と言うんですよ。
〈村上〉
何事も訓練が大事なんだ。
〈高柳〉
そうです。何でもやってみることです。
〔中略〕
〈村上〉
笑いやユーモアは人生を潤すものであることは間違いないと思います。それはやはり人間関係の中で生まれるものだからでしょう。一人笑いはあるけど、一人ユーモアというのはないからね。人間関係を円滑にするものだと思うし、偉い先生も同じ話題で笑っていると、ああ、人間は本質的には同じなんだなと感じます。
〈高柳〉
私は笑いもユーモアも一人でもできると思っているんです。
ある本の中で、軟禁されているアウン・サン・スーチーさんが「一人でも結構笑いますよ」と言っていました。例えばコップを落とした時、「私、落としちゃった。ははは」と。
私も一人でいる時にちょっと失敗して「あら、やっちゃった(笑)」と言うことがあります。そういう時に、「ああ、大変」「なんでこんなことに……」と思うか、「あ、やっちゃった(笑)」と思うかで、次の行動が違ってきますよね。
人生、どうせいろいろなことが起こるなら、どんどん笑ってしまえばいいですよね。私は、人生は悲劇ではなく喜劇だと思っていますから、結局なんでも笑い飛ばせばいいと思っています。
それに、苦しい時やつらい時に笑えるというのはおそらく人間しかできないことだし、そこに人としての器量が表れると思います。
〈村上〉
ピンチの時に笑える。それは動物にはできないでしょう。
〈高柳〉
「にもかかわらず笑う」とは上智大学のデーケン先生がよく言われたドイツの諺(ことわざ)ですが、何か叱られたりいやなことを言われたりしたら、「この人は器量がないのよね」と思えば、それはそれで楽しいし、そうすることで自分の器量を広げていけばいいと思います。
逆に考えれば、器量の大きい人はみんなよく笑うし明るい。企業の社長さんの前でお話しすることもありますが、やっぱりみんな明るいですよ。
〈村上〉
私の師匠の故・平澤興先生は「一流の人はみな明るい」と言いましたが、確かにそうですね。ダライ・ラマも本当によく笑うし、ユーモアがある。
〈高柳〉
どんな状況でも笑って生きていく。それが私の人生訓ですが、悲しい時も病の時もいつも笑っていけば、自然と心も体も元気になります。そういう人が増えていけば日本はもっと明るく元気になるはずですよね。
〈村上〉
人間は、まだ多くの遺伝子が眠ったままでスイッチがOFFになっています。一つでも二つでもスイッチがONになったら、もっともっと能力を発揮できる。
何せ人間の遺伝子には38億年の歴史が組み込まれているんです。何度となく訪れた絶滅の危機を乗り越えて、私たちはいまここに生きているのですから、百年に一度の不況などに負けてはいられないですよ。
人間の可能性は無限です。一人でも多くの人が笑いとユーモアによって遺伝子のスイッチをONにして生きていってほしいですね。
(本記事は月刊『致知』2009年6月号 特集「人間における『ユーモア』の研究」より一部を抜粋・編集したものです)
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『致知』2021年6月号
連載「生命科学研究者からのメッセージ」最終回
村上和雄先生が綴った、人間の「究極の願い」とは――?
ダライ・ラマ法王の言葉を交え、渾身の〝幸福論〟を遺されています。
【著者紹介】
◇村上和雄(むらかみ・かずお)
昭和11年奈良県生まれ。38年京都大学大学院博士課程修了。53年筑波大学教授。平成8年日本学士院賞受賞。11年より現職。23年瑞宝中綬章受章。著書に『スイッチ・オンの生き方』『人を幸せにする魂と遺伝子の法則』『君のやる気スイッチをONにする遺伝子の話』『〈DVD〉スイッチ・オンの生き方』『〈CD〉遺伝子オンの生き方』(いずれも致知出版社)など多数。令和3年4月逝去。
◇高柳和江(たかやなぎ・かずえ)
神戸大学医学部、徳島大学大学院卒業。昭和52年からクウェートのイブン・シナ病院で小児外科医として10年間勤務。亀田総合病院院長補佐・小児外科医長、米国アイオワ大学病院長付研究員、平成4年から21年3月まで日本医科大学准教授。現在、東京医療保健大学教授。癒しの環境研究会世話人代表。笑医塾塾長。著書に『笑いの医力』(西村書店)、『死に方のコツ』(小学館)、『生き方のコツ』(飛鳥新社)ほか多数。