【限定連載 第3回】松下幸之助に学ぶ中博の経営問答 ——「アフターコロナを生き抜く〝直観力〟をいかに養うか」

松下電器産業(現・パナソニック)で経営の神様・松下幸之助の薫陶を受け、その教えの神髄を多くの人々に伝導している一般社団法人「和の圀研究機構」代表の中博氏。氏はコロナ禍に直面するいまだからこそ、松下幸之助の教え、経営哲学はより一層の輝きと真理をもって私たちに迫ってくるといいます。連載第3回は、物事の実相を掴み、日々の判断を下すために不可欠な〝直観力〟の大切さ、養い方を松下幸之助の言葉から学びます。連載 第1回⇒「真剣さから新たな知恵が生まれる」

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いま求められるのは直観力

この長引くコロナ禍で、自宅にいる時間が長くなりました。そのため、自然とテレビ、マスコミの報道をじっくり見るようになったのですが、つくづく感じるのは、日々大量に流される報道に接すれば接するほど混乱し、世の中の実相、真実が見えなくなってしまうということです。もしマスコミの情報だけを見て「自分は世の中の動きがよく分かっている」と思う経営者がいれば、その人は組織トップとしての資質を欠いていると言わざるを得ないでしょう。

実際、私が薫陶を受けた松下幸之助は、世間に溢れる情報に惑わされることなく、最後は自分の〝直観力〟で物事を判断、決断する人でした。むしろ世の中に溢れる情報を信用していなかった。

例えば、ある著名な評論家が週刊誌で、「松下電器の社員は金太郎飴だ(同じような人材ばかりだ)」と松下幸之助を批判したことがありました。著名な評論家からの批判とあって、重役たちは右往左往していたのですが、松下幸之助は一喝してこう言ったのです。

「金太郎飴で何が悪いんや。一万人いる社員が全員バラバラだったら、どうやって経営ができるんや。マスコミの言葉に振り回されるな。金太郎飴こそ経営の原点や!」

金太郎飴こそ経営の原点――この松下幸之助の言葉を、私の先輩でもあり、当時副社長だった水野博之さんが見事に説明してくれています。

「最も強いのはベクトルが一致した組織だ。アメリカの企業でも皆ベクトルを一致させる。いろいろな意見があったとしても、経営方針や経営理念が決まったらベクトルを一致して事に当たる。それが強い組織だ」

要するに、松下幸之助が言う「金太郎飴」とは、経営者の思い、経営理念のもとに社員・組織のベクトルを一致させるということです。そして、それが企業の本当の強さに繋がっていく。松下幸之助はその経営、組織の本質を直観的に掴んでいたのです。もし松下幸之助がマスコミの情報や批判を受けて右往左往していれば、今日の松下電器はなかったかもしれません。

ですから、特に日々様々な判断を求められる経営者は、世に溢れる情報に惑わされることなく、物事の真相をきちんと見極める直観力を普段から養っておく必要があるのです。

直観力をいかに磨くか

ではどうすれば直観力を養うことができるのか。松下幸之助は直観力について次のように言っています。

「昔の剣の名人は相手の動きを勘で察知し、切先三寸で身をかわす。そこまで達するために、それこそ血の滲むような修行を続けたのである。厳しい自己鍛錬によって真実を直観的に見抜く、正しい勘を養っていく。それこそが経営者には必要だ」

これは私の実体験ですが、経営企画室に在籍していた時、数千万円を投じて市場調査をしたことがありました。その調査結果を報告しに行ったところ、松下幸之助は「中君、これはこれでようできてるな。それでこの調査はなんぼかかったんや?」「あのな、そんなことしなくても、ここにあるコップを売ろうと思ったら、『コップさん、どうすれば売れるか教えてください』と3日3晩問い詰める。コップを抱いて3日3晩寝てみる。そうすればきっと売れるよ」と言うのです。

それを聞いた私は、「ああ、そうか」と思いました。要するに、一緒に寝るほどに製品のことを思い、どうすれば売れるのかを自分自身で徹底して考え抜く。そうした血の滲む努力、鍛錬があって初めて経営に必要な直観力が磨かれるということです。これをやらずに安易に世間の情報、データやマーケティングに頼ってはいけないよと松下幸之助は言うのです。実際、松下幸之助はマーケティングの「マ」の字も言ったことがありませんでした。あくまで自主自立で考え直観力を磨く、経営の本質を掴むことを大切にしていました。

また、松下幸之助は失敗した社員に対して叱るかわりによくこう言われました。「経営が分かりたかったら、夜鳴きそばをやれ。そして、お客さんが来たら、『どうでっか? おいしいでっか?』って聞くやろう。それが経営のスタートや」と。つまり、塩辛いと言われれば塩を減らす、ちょっと甘いなと言われたら醤油を加える、その繰り返しによってお客さんの好みを感覚として掴むことができ、お店も繁盛していくということです。まさに商いの本質、極意を説いた言葉だと思います。

そして私は直観力には2つあると思っています。一つはマクロ的な直観力。この直観力は人類の歴史や先人から受け継がれてきた知恵、哲学をしっかり学ぶことによって磨かれるものです。過去と現在を比較することによってなすべきことが自ずと見えてくるようになる。例えば、いまの新型コロナウイルスへの対処にしても、過去に流行した感染症についてしっかり学んでいれば、マスコミの報道のあり方、私たちの行動ももっと変わっていたことでしょう。

もう一つは、自分自身の感性で感じる「直感力」です。つまり、自分自身で「歩く、見る、聞く」ことで世の中の実相を感じる、確かめていくのです。松下幸之助はまさにこれを徹底していました。若い時から自分でどんどん外に出ていって、現場の社員と対話をして、じっと見て、じっと耳を傾けて「これだ!」というものを掴んでいました。

松下幸之助は台風が来た時、わざわざ京都南禅寺の近くにある別荘の「真々庵」に行き、引き戸を開けてずーっと台風を見ていました。台風とは何かを、テレビの画面ではなく自分自身の目で見て、体感していたのです。そして、台風という自然現象を活用すれば、「台風産業株式会社」がつくれるなと思い至る。ここには単なる「歩く、見る、聞く」直感力だけでなく、日本は多く雨が降る気候に恵まれていること、先人たちが治山・治水によって繫栄を築いてきたという歴史的、マクロ的な直観力も働いていたことでしょう。

また、この「歩く、見る、聞く」ことによって養われる直感力は、現代の脳生理学でも証明されつつあります。近年の研究によって、歩きながら物事に触れ、考えることで、脳が刺激され、記憶や情報をストックする「海馬」と意欲や創造を司る司令塔「前頭葉」が交差して新しい知恵が生まれることが分かってきたのです。本来、人間はコンピュータや膨大なデータに頼らなくても直感力によって優れた発想やアイデアを導き出すことができる頭脳を持っているのです。

スティーブ・ジョブズも禅をやり、直感力を信じて様々な革新的な製品を世に送り出しました。ビル・ゲイツも物事を決断する時には、どこかの島にいって海や空を眺めて判断するといいます。日本が誇る大哲学者の西田幾多郎も、京都の「哲学の道」を歩きながら思索を深めていきました。

ですから、日本の経営者も、世間の情報に踊らされることなく、日々、歴史や先人の知恵に学び、「歩く、見る、聞く」を徹底することで、自分の力で考え、物事の実相・本質を見抜く直観力をぜひ養っていただきたいと願います。そうすれば、経営の真剣勝負の場でも、相手の動き、世の中の動きをぱっと察知して切先三寸で身をかわし、どんな環境にも処していけるはずです。

特にこのアフターコロナという先行きの見えない混迷の時代においては、なおさら直観力が求められてくることでしょう。どれだけ自らの直観力を磨いて行動できるか、それがこれからの経営、人生をひらいていくのです。

※次回の配信は4月初旬を予定しています。


『致知』2020年10月号では中氏が特集誌面にご登場! ウィズコロナ時代の経営・人生に生かす松下翁の経営哲学を上甲晃氏とご対談いただきました◆

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◇中 博(なか・ひろし)
昭和20年大阪府生まれ。44年京都大学経済学部卒業後、松下電器産業入社。本社企画室、関西経済連合会へ主任研究員として出向。その後、ビジネス情報誌「THE 21」創刊編集長を経て独立。廣済堂出版代表取締役などを歴任。その間、経営者塾「中塾」設立。令和2年には一般社団法人和の圀研究機構を立ち上げ代表を務める。著書に『雨が降れば傘をさす』(アチーブメント出版)がある。

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