追悼・安野光雅氏——「仕事が遊び」で描き続けた94年の生涯

温かみのある幻想的な水彩画で知られる画家・安野光雅氏が、昨年12月24日お亡くなりになりました。絵本やデザインなど様々な分野で制作活動を続けてこられた安野氏は、その柔らかで遊び心にあふれる作品を通じて子どもから大人まで世界中の人々を魅了し続けています。安野氏のご冥福を祈り、2017年に行われた『致知』対談インタビューから「仕事と遊び」についてのお話しをご紹介いたします。
※対談のお相手は紫野和久傳代表・桑村綾さんです。

道を極めた人たちに共通するもの

〈桑村〉 
私が好きな先生の絵本に『もりのえほん』というものがあります。一枚一枚の葉っぱまで細かいタッチで森を描いた絵本なんですが、よく見ると騙し絵みたいにトラやキリンなどの動物が隠れている。安野先生はもともと数学がご専門とお聞きしていますが、この絵を見ると理科系独特のセンスを感じます。

〈安野〉 
数学的かどうかはともかくとして、私はいつも人を騙そうと思っているんです(笑)。普通の絵を描いていたんじゃ誰も驚いてくれないから、ちょっと騙してやろうと本気になって描いたのが『もりのえほん』ですね。

それから、昭和45年には刑務所から出した年賀状というものを考えました。私自身が刑務所に入っていて、そこから年賀状を出すという設定です。住所が自宅になっているから、ちょっと考えたら嘘だとすぐに分かるんだけど、看守や看守長、所長(この役職名はでたらめ)の印鑑を押して、「今年は真人間になって、まじめに働きますのでどうかよろしく」と添えて送ったものだから、噂が噂を呼んで大変な騒ぎになりました(笑)。

〈桑村〉 
そういえば、私どもの美術館の入場券に使わせていただいているのが、安野先生が描かれた木製の電話の絵なんです。絵には細かい木目が入っていて、切れたコードが綺麗に結んである。それをご覧になったNTTの方が「この電話を買ってこい」とおっしゃったそうですが、本物だと思われていたんですね(笑)。

〈安野〉 
騙すのはやめようと思うんだけど、好きなんだから仕方がない(笑)。他にも、おとぎの国の切手を考えたり、ありもしない学校の校歌をつくったり、いろいろやってましたよ。

〈桑村〉 
安野先生には、そんな茶目っ気たっぷりの作品があるかと思えば、まるで本当に安来節を踊っているのではないかと思うくらい躍動感たっぷりの絵もあります。司馬遼太郎先生をはじめとする錚々たる方々とも一緒にお仕事をされている。そういうところが私は普通の画家とは違うし、幅広い年齢層の人たちに根強いファンを持っておられる理由ではないかと思っています。

私はこれまでその道を極めたという方に何人もお会いしてきましたけれども、皆さんに共通しているのが、「ちょっと無理したから休もう」と言って何をされているかと思ったら、やはり仕事をされている。仕事をしていることが休むことになっているんです。先生もそういうお一人です。

〈安野〉 
これはもう病気ですね。さすがに兵隊に行った時は描けませんでしたけど、それを除いては子供の頃から絵を描かなかった日は一日もありません。

だからといって師匠について学んだこともなければ、弟子もいません。人の真似をしたとしても自分の絵にはならないし、自分のものにならないとできあがった感じがしない、というのが私の考えなんです。それは技術と違う世界でしょうね。(中略)

「私にとっては仕事が遊びです」

〈安野〉 
私は先のことはあまり考えないんだけれども、雑誌や新聞の連載というものは不義理を起こしちゃいけないから、もうお引き受けはしていません。昔、井上ひさしの連載の挿し絵をやったんだけど、ああいうのはもう命懸けだからね。

だから、いまは先ほど言った『旅の絵本』のような自分が好きなようにやれる作品をつくっているわけです。僕は好きな絵を描くためだったら、いつだってスイッチが入るんですよ。

〈桑村〉 
そうそう。先生は『洛中洛外』という画集で丹後の風景を描いてくださっているんですけど、山の上にある千年椿を描きたいとおっしゃったことがありました。

途中まで自動車でお連れして「ちょっとここで待っていてください。この先は車が入れないので私、見てきますから」と申し上げたんです。行ったら確かに咲いてはいたのですが、道がとてもぬかるんでいました。そのことを伝えても先生は全く聞いておられない。サッサッサッサッと歩かれて(笑)。

〈安野〉 
描きたいものがあると自然に体が動いてしまうんですね。

〈桑村〉 
本日のテーマの「遊」そのもののように、無心になっていらした。

〈安野〉 
私にとっては仕事が遊びなのかもしれませんね。子供の頃は、古い言葉だけど「よく学び、よく遊べ」という言葉を、まるで自分で考えたかのようなつもりで勉強部屋に張っていましたよ。私の勉強法というのは、何本もこよりを捻ってね。それを引くと「地理」だとか「歴史」だとか書いてある。じゃあきょうは地理の勉強をしよう、歴史の勉強をしようと決めたものです。時には好きな学科が出るまでこよりを引き続ける。だから、考えてみたら、この時の感覚のまま私は大きくなったのかもしれない(笑)。

〈桑村〉 
そういう遊び心を大切にしてこられたのでしょうね。(中略)私も仕事が遊びであり、遊びが仕事であるという思いで生きてきたのかもしれません。苦しいこともたくさんありましたが、その中にも喜びを味わえたことは幸いでした。苦しい中でこそ得られる喜び。そこにこそ本当の遊があるような気がしております。


(本記事は月刊『致知』2017年12月号特集「遊」より一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、経営・仕事の糧になるヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら
 
◇安野光雅(あんの・みつまさ)
大正15年島根県生まれ。昭和23年代用教員として山口県周南市の小学校に勤める。25年美術教師として上京、玉川学園や三鷹市、武蔵野市の高校で美術教師を勤め、36年画家として独立。文章がない絵本『ふしぎなえ』で絵本界にデビュー。『さかさま』『ABCの本』『旅の絵本』(いずれも福音館書店)などは海外でも評価が高い。ブルックリン美術館賞、ケイト・グリナウェイ賞特別賞、BIBゴールデンアップル賞、国際アンデルセン賞画家賞、紫綬褒章など受賞歴多数。

◇桑村綾(くわむら・あや)  
昭和15年京都府生まれ。証券会社勤務を経て、39年に和久傳に嫁ぐ。丹後・峰山の衰退した和久傳を立て直し、62年には京都・高台寺に店を構える。現在は料亭業態の他、茶菓席やむしやしないの店舗を展開しており、百貨店でもおもたせとして弁当や和菓子・食品を販売している。京丹後の地域活性事業として「和久傳の森」づくり、物販商品の工房開設などを行っている。2017年6月には「森の中の家 安野光雅館」をオープン。

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