【直系子孫が語る】西郷隆盛をつくった母の教え——「大西郷」の復活力はいかに養われたか

右が西郷隆夫さん、左が小島英記さん

長く続いた徳川家の治世から、明治という新時代への大きな転換点となった江戸城無血開城。その立役者と呼ばれる人物は複数存在しますが、西郷隆盛(南洲)を除いて語ることはできないでしょう。度重なる逆境に耐え、動乱の世を生き抜いた「大西郷」──多くの人々から敬慕されたその人格・人間力はいかに養われたのか。西郷隆盛を曽祖父に持つ西郷隆夫さんが体験した西郷家の子育ての思い出と共に、その原点を辿っていただきました。対談のお相手は、西郷と同じく、江戸城無血開城を語る上で欠かせない剣豪・山岡鉄舟の評伝を著した作家の小島英記さんです。※記事の内容は掲載当時のものです

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皆に「さんづけ」される数少ない歴史の偉人

〈小島〉
隆夫さんは、西郷さんとどのような関係になるのですか。

〈西郷〉
私は西郷さんの3番目の奥さんである糸の長男・寅太郎の孫に当たります。

父親が52歳の時の子として生まれましたから、子供の頃から非常に厳しく育てられました。西郷さんの教え、育った環境や人柄を示すエピソードなどを毎日のように聞かされたんです。父親は西郷さんのことを言い続け、私はひたすら聞き続ける。そうなるともう洗脳ですよ(笑)。

ですから、実は子供の頃は西郷さんが大嫌いでした。学校に行っても西郷さんの曽孫だと言われ、プレッシャーを感じましたし、知れば知るほどその存在が遠く感じ、分からなくなっていったんです。

〈小島〉
西郷さんの曽孫に生まれるというのは大変なことですね。

〈西郷〉
ただ、中学3年生頃から少しずつ西郷さんへの見方が変わっていきました。

私がすごいなと思ったのは、歴史の偉人には、時代の移り変わりと共にその評価が変わっていく人がたくさんおられます。でも西郷さんは、いつの時代でも、日本全国大人から子供まで親しみを持って「西郷さん」って呼んでいただけるんです。歴史の偉人で、さんづけで呼ばれる人はそんなにいないと思います。

なぜ西郷さんは誰からもさんづけで呼ばれるのだろうか。疑問を持っていろいろ探っていくと、「ああ、なるほどな」と思えることがありました。

さんづけされるってことは、地位や名誉ではなく人々の目線、実生活に寄り添った行いを精いっぱい尽くしたからですよね。それから私は、西郷さんの人間像や人間力の奥深いところをもっと知りたいと、自分から父親に質問するようになったんです。

〈小島〉
西郷隆盛に真正面から向き合えるようになったのですね。

〈西郷〉
それで、いま私は主に小中学校に赴(おもむ)いて、子供たちに西郷さんや鉄舟さんなど先人たちの素晴らしさを伝える活動に取り組んでいるんです。その時に、

「こんなにすごい先人たちがいまの日本をつくったんだ。日本人であることはすごいだろう。君たちもそのDNAを持っているんだから、自分を信じてほしい」

ということを伝えています。特にいまの子供たちには、先人たちの生き方を知り、日本人としてもっと自信を持って生きていってほしいと思うんです。

西郷隆盛をつくった母の教え

〈小島〉
西郷さんも非常に起伏の激しい人生を送った方でしたね。

〈西郷〉
西郷さんは文政10(1827)年の生まれですから、鉄舟さんより9歳ほど年上になります。父親は薩摩藩の下級武士で、家庭は決して裕福ではありませんでしたが、お城勤めができる御小姓組という下から2番目の位でした。

当時の薩摩藩には、郷中(ごじゅう)教育といって、いまでいうちびっこ教育のようなものがありました。16歳くらいのお兄さんが、地域の子供たちに武術や武士の生き方などを教え、鍛練していくのです。

その中で西郷さんも育っていくのですが、西郷さんは生まれた時から体が大きくやんちゃで、親の言うことは聞かない、従僕にも叱られるような子供だったんですね。

おそらく、そんな西郷さんに危機感を抱いたのでしょう。母である満佐子は、西郷さんを厳しく教育し始めるんです。

九州の薩摩藩は、よく男尊女卑(だんそんじょひ)だったんじゃないかと思われがちですが、それは誤解なんです。むしろ「薩摩女子道」といい、女性たちが様々な面から男性を支えていました。

〈小島〉
母親、女性が大きな役割を果たしていたのですね。

〈西郷〉
ええ。西郷さんは満佐子から武士道とは何か、貧乏は恥じゃないとか、いろいろな教えを毎日耳元で囁(ささや)かれ、生き方が様変わりしていきます。ですから、私は母親の日々の口癖が子供の人格をつくっていくのだと思うんです。

私の父も、西郷さんよりも偉い人が一人だけいる、それは満佐子だ。だから、母への感謝を忘れず大切にしろと言っていました。

〈小島〉
おっしゃる通りですね。

〈西郷〉
そして、西郷さんが13歳の時にある事件が起こります。

西郷さんに喧嘩を仕掛けて投げ飛ばされたことを恨んでいた横堀三助が、行事ごとの帰りに待ち伏せをし、鞘(さや)に入った刀で西郷さんに突然襲い掛かったんですね。

不運なことに鞘が割れて、西郷さんは右肩を斬られてしまいました。当時の薩摩藩では、刀を抜くことが固く禁じられ、斬ったほうも斬られたほうも共に死罪、という厳しい決まりがありました。

西郷さんはまだ13歳にも拘(かかわ)らず、咄嗟の判断力で

「なかったことにしよう。そうしなければお前は死罪になってしまう」

と、血を流しながら何もなかったかのように家に戻るのですが、ここですごかったのが満佐子の態度です。

普通なら、我が子が血まみれになって家に帰ってくれば、「どうしたの? 誰にやられたの?」ってなるでしょうけど、満佐子は「血が出て痛かったでしょう。治療しましょう」と言うだけで、誰にやられたとか、斬られたとかいうことは全く聞かなかったんですね。

〈小島〉
立派なお母さんです。

〈西郷〉
その立派で優しい母親の言葉を聞くと、西郷さんはわーっと大泣きします。横堀の仲間たちがその様子を見ていて、後日からかうのですが、西郷さんは

「俺は痛くて泣いたんじゃない、母ちゃんが恋しくて泣いたんじゃない。母ちゃんに迷惑を掛けてしまったという申し訳ない気持ちから泣いてしまったんだ」

と答えます。それを聞いた横堀の仲間たちは「こいつはすごいやつだ」と黙り込んでしまい、西郷さん自身も人間力をさらに高めていくわけです。

ただ、医者に行かず自宅治療をしたばかりに、西郷さんの腕は上がらなくなり、薩摩独特の剣術である示現流(じげんりゅう)の太刀が打てなくなってしまいました。結局、西郷さんは武の道、剣の道を絶たざるを得なくなるんですね。西郷さんが直面した最初の大きな挫折です。

〈小島〉
西郷さんは、その挫折をどう乗り越えていったのですか。

〈西郷〉
挫折した西郷さんを受け入れ、逆に強く育てたのが郷中(ごじゅう)教育の仲間たちでした。剣はできなくてもいい、勉強で立派になってほしいと仲間たちに励まされ、支えられた西郷さんは、学問の道で生きていくことを選択し、挫折から見事に復活していくんですね。

西郷さんは、後に2度の遠島に遭うなど、何度も逆境・艱難(かんなん)に直面しますが、その度に復活していきます。特に34歳の時に流された沖永良部島(おきのえらぶじま)では、吹きっさらしの座敷牢に入れられるという大変な辛苦を味わっています。

挫折しては復活する、死にかけては生かされる、命の瀬戸際のラインを行き来しながら、

「なぜ自分は生かされているのだろう」
「なぜ自分は生きているのだろう」

と人生観を深めて、さらに成長していく。そこに西郷さんの人生を学ぶ醍醐味があるんだと思います。


(本記事は『致知』2019年10月号 特集「情熱にまさる能力なし」より対談記事の一部を抜粋・再編集したものです)

◉月刊『致知』2022年1月号では、西郷隆盛の教えや言葉を記した『西郷南洲翁遺訓』、ともに江戸城無血開城を成し遂げた維新の英雄・勝 海舟の教えを記した『氷川清話』を、歴史学者の濱田浩一郎さんに紐解いていただきました。単に先人の言葉を解説するだけではなく、現代社会の現状と結びつけてご紹介くださっており、勝海舟と西郷隆盛が教え諭してくれているような心持で学べる記事です。記事詳細はこちら

◇西郷隆夫(さいごう・たかお)
昭和39年兵庫県生まれ。鹿児島市在住。中京大学法学部法律学科卒。㈱ナンシュウ社長。ツアーガイド・旅行企画・各種講演などの活動を通して、鹿児島の観光と西郷隆盛の実像を広める活動に取り組んでいる。著書に『西郷隆夫の「一点」で囲む』(ジャプラン、高岡修監修)などがある。

◇小島英記(こじま・ひでき)
昭和20年福岡県生まれ。早稲田大学政治学科卒業。日本経済新聞パリ特派員、文化部編集委員などを経て作家活動へ。剣道を一刀流中西派の故・高野弘正宗家に師事、七段允許。『評伝横井小楠』(藤原書店)『幕末維新を動かした8人の外国人』(東洋経済新報社)『山岡鉄舟』(日本経済新聞出版社)など著書多数。

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