豊臣家に尽くした片桐且元に見るナンバー2の悲劇——ビジネスに生かしたい歴史失敗学講義

 徳川幕府、日本海軍、戦艦大和、織田信長、豊臣家、ロンメル……。あの英雄・偉人・天才・名将・名君と呼ばれた人物は、なぜ敗れたのか?あの巨大組織は、なぜ滅亡したのか?ビジネスの現場でも生かせる教訓が満載の『ビジネスマンのための歴史失敗学講義』(瀧澤中・著)。まるで人気教授の話を聴いているかのように、講義形式ですらすらとストーリーが展開するのも本書の魅力です。どんな内容が掲載されているのか、ご紹介いたします。

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ナンバー2が排除されるとき

重臣、特にナンバー2にフォーカスしてお話しします。ナンバー2は、以下の種類に分けられます。

①指導者から委託を受けて、職務を代行する

たとえば徳川幕府。幕府を実際に動かしたのは、創業期の徳川家康や幕末などごく例外を除いて、ほとんどの時期、老中が「最高意思決定機関」でした。老中は将軍から権限を与えられて政権運営をするわけです。ここで必ず必要なのは「指導者と同じ視点」です。指導者から委託を受けて代行する以上は、常に指導者の目線を意識して職務を遂行すべきで、勝手に自分の思いだけで突っ走ってはならない。大戦略や戦略を考え実行する。それが「代行型」の姿です。

 ②指導者の指示のもと限定範囲で職務を執行する

よく見られるタイプです。大戦略は指導者が考え、その戦略に沿って様々な局面で助言したり、特定の方面を任されたりする。羽柴秀吉における竹中重治や黒田孝高など家臣団の幹部はまさにこのタイプです。得意分野を持ち、実務能力に優れているけれども、全局面で指導者を代行するわけではありません。

 ③指導者のメッセンジャー

単に指導者の意思を伝達し命令を忠実にこなすだけのケースもあります。スターリン独裁下では恐怖政治が行なわれていましたが、幹部たちはスターリンを恐れて余計なことはせず、ひたすらスターリンの言いなりになります。処世術としてはアリでしょうが、組織を良い方向に持って行くことは難しいでしょう。いずれのケースが良いのかは、その組織が何を重臣や参謀に求めているかによりますが、唯々諾々と命令に従うだけでは役に立ちませんし、逆に忠誠心を疑われるような、常に指導者に批判的なケースも有用とは言えません。重臣は、「自分が指導者ならどういう判断をするのか」、という大きな視点を持っていなければいけません。が、それは自分が指導者に取って代わるという意味ではありません。そして、たとえ指導者が自分と違う判断をしたとしても、より良い方向に導くこともまた、重臣の役割です。

さて。最初に見ていくのは「ナンバー2の悲劇」です。

権力欲の強い指導者の場合、「自分を超えるナンバー2」を許しません。その結果、ナンバー2が自分を超えるように感じたとき、指導者はナンバー2を排除しようと試みます。これからその極端な例として、中国で毛沢東に仕えた三人の「ナンバー2」について、具体的に見ていきましょう。これはナンバー2の失敗というより、ナンバー2が気をつけるべき教訓とも言えそうです。

指導者個人への忠誠か組織への忠誠か

重臣が尽くすべき忠義や忠誠は、組織に対してなのか、指導者に対してなのか。重臣は、どこまで指導者に忠義を尽くせばよいのか。この「忠義の対象」と「忠義の限界」を、豊臣家の滅亡は見事に示してくれています。大名の世界は、領地を与えてくれた者=忠義の対象です。

上杉景勝は関ヶ原合戦では徳川を東国におびき出し、その隙に石田三成が西国で挙兵するという役割を担いました。家康を激怒させたという有名な「直江状」は、上杉家家老の直江兼続が出したと言われています。ところが、それから14年後に勃発した大坂の陣では、上杉勢は徳川方として豊臣の大坂城攻城戦で奮闘します。小説やドラマでは「豊臣家に忠義を尽くす正義の人、上杉景勝・直江兼続」として描かれますが、どうして大坂の陣ではそうならなかったのでしょう。

それは、大坂の陣の開戦時点で、上杉家の領地は徳川から与えられている、という形をとっていたからです。倫理的な問題ではなく、単純に統治機構の問題でした。ですから、実際に領地を持つ大名が一人も豊臣方に行かなかったのは、忠義の対象が徳川幕府であって、関ヶ原合戦後にただの一大名に転落していた豊臣家ではなかったわけです。たしかに関ヶ原合戦までは、「故・太閤殿下の御為」とか「太閤の御恩に報いる」という言葉を聞きますが、統治権を失った段階で、大名たちには豊臣家に忠義を尽くす義務はなくなるわけです。

となると、忠義の対象は雇ってくれている者、あるいは地位を保証してくれる者、ということになります。それが指導者個人であるのか、指導者が率いる組織(統治機構)であるのかは、時々によって若干検討が必要ですが、指導者が組織を代表しているわけですから、指導者への忠誠心が主となります。指導者はこの点をよく理解しなければなりません。

部下たちは指導者個人に従いますが、それは組織への忠誠心であって、個人への思いだけではないのです。もちろんカリスマ的な指導者の場合、その個人を崇拝したり慕ったりして、無条件の忠誠を示す場合もあります。しかし指導者が誤った方針を打ち出せば、重臣たちは指導者個人よりも組織を優先するのが普通です(武田家の重臣たちは武田家そのものを滅ぼすことに加担したので、このケースには当てはまりません)。それは組織維持の上から当然のことで、カリスマ経営者が実は会社の金を私的に流用していたとすれば、この経営者を会社から追い出すのは重臣として当然のことですし、それができない組織は潰れていきます。企業の不祥事の中には、決して表に出ないようなケースもあります。内々で穏便に済ませるか、目をつぶってトップの言いなりになるか。ダメになっていく企業の多くで、重臣が「目をつぶってトップの言いなり」ということがあります。注意したいものです。

ナンバー2の悲劇

忠義の限界について、豊臣家の重臣・片桐且元を例にお話ししました。

重臣は普通、組織を代表する指導者に忠誠を誓いますが、それは指導者が「組織を代表している」からであって、指導者が誤った方向に動いた場合、重臣は指導者個人への忠誠よりも組織への忠誠を重んずるべきです。片桐且元は、多くの豊臣系大名が豊臣家を見限る中、最終段階まで豊臣家に忠誠を尽くします。彼は他の大名同様、徳川から領地を保証された徳川支配下の大名でしたが、それでも豊臣家を支え続けました。しかし、肝心の豊臣家指導層、淀殿や豊臣秀頼から一方的に信頼されなくなった段階が、忠義の限界でした。片桐且元は「どうすれば豊臣〝家〟が生き残れるか」を探り、組織を守ろうとします。対して豊臣指導層は、「どうすれば〝自分たち〟が思いどおり生きられるか」を模索します。

そこに片桐且元が忠義を尽くす義理はなかったのかもしれません。歴史は、重臣が機能する組織でなければ、組織の維持は難しいことを教えてくれます。

(本記事は典『宇宙を味方にする方程式』から一部抜粋・編集したものです。

瀧澤 中(たきざわ あたる)

作家・政治史研究家。昭和40年東京都出身。平成13年『政治のニュースが面白いほどわかる本』(中経出版)がベストセラーとなり、時事解説を中心に著作活動を続ける。また日本経団連・21世紀政策研究所で平成23年~25年まで、日本政治プロジェクト・タスクフォース委員を務めた。政権交代の混乱期に「リーダーはいかにあるべきか」を徹底議論、報告書作成に関わる。また、『秋山兄弟 好古と真之』(朝日新聞出版)や『日本はなぜ日露戦争に勝てたのか』(KADOKAWA)等で、教育や財政面から歴史をやさしく解説し好評を得、その後『「戦国大名」失敗の研究』(PHP研究所)をはじめとする「失敗の研究」シリーズ(累計19万部)を執筆。自衛隊や日本経団連はじめ経済・農業団体、企業研修、故・津川雅彦氏主宰の勉強会で講師を務めた。マスコミで「近現代の例と比較しながら面白く読ませる」(日本経済新聞)と取りあげられるなど、〝むずかしいを面白く〟の信念のもと、「いまに活かす歴史」を探求する。

『ビジネスマンのための歴史失敗学講義』(瀧澤中・著)

定価=本体1,980円(税込)

徳川幕府、日本海軍、戦艦大和、織田信長、豊臣家……。本書は作家・政治史研究家として活躍する著者が歴史上の偉人や英雄、強大な組織やシステムがなぜ失敗し、崩壊していったのかを、これまでの歴史書とは異なる視点から分析し、講義形式で綴ったもの。上杉鷹山や徳川吉宗ら、名君の意外なつまずき。信長や長宗我部元親ら、名将たちはなぜ油断し判断を誤ったのか。大坂城やマジノ要塞などの完璧なはずのシステムはなぜ崩壊したのか。日露戦争勝利に隠された失敗の種とは……。

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