「母が私を通して詩を書いている」——詩人・藤川幸之助が伝えたいこと

20年以上に及ぶ認知症の母の介護体験から、人々の心に灯をともす珠玉の詩を生み出してきた詩人・藤川幸之助さん。その詩業は、「NHKEテレ・ハートネットTV」や『朝日新聞』の「天声人語」などでも取り上げられ、全国各地での講演会では、毎回涙を流す人が続出するほど感動を呼んでいます。『致知』に掲載されたインタビューから、藤川さんの詩業、詩魂の根底にあるものに迫ります。

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実の母親を捨ててしまった

(藤川)

母を心から愛し、献身的に介護していた父が心臓の発作でぽっくり逝ってしまったのは、母が認知症になって9年目の1997年でした。後には父がお世話になった方々への感謝の手紙がたくさん残されていたのですが、私に宛てた遺書には、「母の介護は幸之助に任せる」と書いてありました。 

母の介護は兄が担い、自分は手伝う程度でいいだろうと高を括っていましたから、いざとなると「なぜ私だけが」という思いが込み上げてきました。しかし、父が命を懸けて頼んだことだからと自分を納得させ、母の介護にしぶしぶ向き合うことにしたのでした。

とはいえ、母を長崎に連れてくるわけにもいかず、まずは熊本の施設に預け、遠距離での介護を始めました。そのことに対して、「おまえは実の母親をそんなところに入れるのか」と、周りから随分冷たい言葉を浴びせられました。 

母を初めて施設に預けた日のことはいまでも忘れません。一日母と過ごして、長崎に帰ろうとしたら、母は私の後ろをずーっとついてきます。そして、施設の玄関まで来て、「また来るから、さようなら」と声を掛けると、母が私の服の裾をぐっと握ったのです。手を引き離してもまた握る、それが十数回は続いたでしょうか。認知症だから何も分かっていないと思っていた私は混乱し、「お母さんの家はここなんだ!」と声を上げ、もう涙が止まらなくなりました。 

そうすると母は驚いてぱっと手を広げた。その瞬間、施設の方が母を優しく抱き締めてくれ、私はそのまま走って車まで行き、「自分は母を捨てた!」と泣きながら長崎まで帰ったのです。辛くて悲しくて仕方がありませんでした。 

学校の授業中でも、「自分がこうして教員になれたのも、母が一所懸命頑張ってくれたからだ。そんな母を自分は捨てた」という思いが込み上げ、黒板の前でチョークを持ったまま涙が止まらなくなります。そんな私を支えてくれたのが子供たちでした。何の事情も知らない子供たちが涙を流している私の傍にきて、「先生、頑張らんか! 頑張らんか!」と太ももや背中をさすってくれるのです。 

この時、自分は子供たちを教えていたと思っていたけれど、実は教えられ、助けられていたのはこの私のほうだったとやっと分かりました。知らず知らずのうちに多くの人たちに助けられ、支えられて生きているのが人間なのです。

母が私を通じて詩を書いている

(藤川)

当時は土曜日の午前中まで学校の授業がありましたから、土曜日の授業を終え、午後2時頃に長崎を出発。7時頃に施設に着き、親戚の家などで母との時間を過ごして翌日にまた長崎まで戻る。そうした介護の日々が続きました。

土日が介護で潰れるため仕事がどんどん溜まってくる。母の認知症が進むにつれて、徘徊したり、排泄物を撒き散らしたり、わけの分からない言葉や行動も増えてくる。オムツ代や施設費で月に何十万円も消えていく――こんな状況ではもう詩は書けない。詩を捨てて、いま目の前にいる母と精いっぱい向き合うしかないのかと絶望しました。母が死んでしまえばいいと考えたこともありました。

ところが、いままで生業にしたいと思っていた詩を掌を開いて手放し、認知症の母と向き合うことに精いっぱいになってみると、不思議と母との関係性から解き放たれていく自分を感じました。オムツを替え、排泄物を拭き、垂れてくる涎の臭いにうんざりし、わけの分からない話にずっと付き合い、徘徊すれば泣きながら探す、そうした母との時間から自ずと生まれてくる詩があったのです。母から離れ、一人になると、書こうと思わずとも自ずと詩が生まれてくる。母が私を通じて詩を書いているのではないかとさえ感じました。

母を放り出して詩を握り締めたままだったら、いまほど多くの詩は書けなかったでしょう。母の介護という体験は、手枷足枷ではなく、母から私への「問い」ではなかったか。その問いに私なりに答えを出すことによって、自分の詩人としての行くべき道が明らかになっていったように思うのです。

(本記事は月刊『致知』2019年11月号「語らざれば愁なきに似たり」から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生や経営、仕事の糧になる教え、ヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

◇藤川幸之助(ふじかわ・こうのすけ)

昭和37年熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に入る。認知症の母親に寄り添いながら命や認知症を題材にした作品をつくり続ける。また、認知症への理解を深めるため全国での講演活動にも取り組んでいる。『満月の夜、母を施設に置いて』『徘徊と笑うなかれ』(共に中央法規)、『マザー』『ライスカレーと母と海』(共にポプラ社)など著書多数。

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