父親の暴力に耐えた少女時代——アフターケア相談所「ゆずりは」・高橋亜美所長の原点

児童虐待によって深い傷を負った多くの子供たちと向き合い続けてきた高橋亜美さん。その子供たちへの思いと深い愛情、活動の原点には、ご自身の辛い体験があったといいます。高橋さんに活動の原点を振り返っていただいたインタビューの一部をご紹介します。

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トラウマを抱え続ける子供たち

(――高橋さんが所長を務められるアフターケア相談所「ゆずりは」(東京都国分寺市)とは、どのような施設なのですか?)

(高橋) 

虐待などによって児童養護施設や里親家庭などに入った子供たちは、高校卒業と同時にそこを巣立つことになるのですが、社会生活を営む中で困難な状況に陥るケースが少なくありません。「ゆずりは」はそんな人たちが安心して相談ができる通所施設として2011年に開設しました。

児童養護施設などである程度のケアはできていたとしても、子供たちの中には虐待によるトラウマによって精神疾患を抱えている人も少なくありません。それが理由で例えば働けなくなってしまったりとか、家賃を何か月も滞納してしまったりとか、性風俗産業で働くことを余儀なくされて医療費や中絶費用がないなど、いろいろな問題を抱えてしまうわけです。

「ゆずりは」には5人のスタッフがいて、事業所を構えてはいるのですが、緊迫した相談やすぐに手続きをしなくてはいけない問題がとても多いので、その人の地域まで出向いて一緒に役所や警察、病院に行っているような状況ですね。

(――どのくらいの人と関わっているのですか。)

(高橋) 

相談件数はメールや電話など合わせて延べにして年間2、3万件に上ります。精神的に追い詰められた人の中には、すぐに電話に出ないと「いまから死ぬ」と言って30回、40回と掛けてくるケースもあり、それだけの数になるのですが、実際の相談者の数は400人くらいでしょうね。

九州や東北まで行って必要な手続きをして、その日のうちに帰る、ということも月に何回かあります。いまでこそいろいろな団体の支援を受けていますけど、この施設を始めた当時は交通費は自腹でしたから、やりくりは大変でした。

父親の暴力に耐えた日々

(――もともと福祉活動に関心がおありだったのですか。)

(高橋) 

少年犯罪などに少しは関心がありましたが、福祉の道を歩もうとは、全く考えていませんでした。高校時代は映画とか美術に関心があって、将来はそちらのほうに進みたいと思っていました。ところが、希望していた大学に落ちて、たまたま合格した日本社会事業大学に軽い気持ちで進むことにしたんです。そんなふうですから大学の福祉関係の授業になかなか馴染めず、コミュニケーションとか、人に寄り添うとか言われても全くピンときませんでした。

ただ、いま思い起こすと、もしかしたら、これが福祉への目覚めだったのかな、と思う出来事がありました。それは父親との関係です。

(――お父様との。)

(高橋) 

はい。父は若い頃に卓球の選手を目指していて、私にもそれを引き継がせたいと思ったみたいです。運動が大嫌いだった私に小学3年生の頃から卓球を教えるようになりました。父の思い通りの練習メニューをこなせなかったり、疲れたと口にしたり反抗的な態度を取ったりすると、殴る、蹴る、土下座をさせて謝らせる。普段はとても優しく穏やかなのに、こと卓球となると人が変わったようになるんです。そんな超スパルタの父に、私はどんどん追い詰められていきました。

自分でもその捌け口を求めていたのでしょう、万引きが止められなくなった時期がありました。消しゴムを何個か持って出てお店の人に捕まってしまう。そんなことを繰り返しました。それに、周りの人たちには全く優しくできないんです。友達にも先生にも家族にもそうだし、妹には特に意地悪でした。「死んでしまいたい」と何度も思いましたね。

でも、それはすべて自分の性格が悪いからだと思っていたんです。万引きをするのも、物欲が抑えられないからだって。ところが、6年生の頃、父が無理に卓球をやらせるのを止めると、気づいたら万引きをする癖もなくなっていて、周りには仲良しの友達がたくさん増えていたんです。

(――そうでしたか。)

(高橋) 

そういう経験をしたからか、問題児扱いされるクラスメートや「あいつ性格悪いよね」と言われる子がいても、私はどうしても嫌いだと思えませんでした。どこか自分と重なるというのか、その子の性格以外のところに原因があるのではないか、もともと人を傷つけてやろうという思いで生まれてきた子はいないと、自然にそう思うようになっていたからです。

(本記事は『致知』2019年4月号「運と徳」から一部抜粋・編集したものです。あなたの人生、経営・仕事の糧になるヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちら

◇高橋亜美(たかはし・あみ)

昭和48年岐阜県生まれ。日本社会事業大学卒業。自立援助ホームのスタッフを経て、平成23年アフターケア相談所「ゆずりは」所長に就任。著書に『はじめてはいたくつした』『嘘つき』『はじまりのことば』(いずれも百年書房)など。

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