伝説のサッカースパイク——「YASUDA」復活物語

いよいよサッカーシーズン到来。2月8日に行われるゼロックス杯を皮切りに、Jリーグなどの各試合が始まります。その選手たち愛用のスパイクといえば、ナイキやアディダスなどが有名ですが、日本初の純国産サッカースパイクシューズ「YASUDA」が2年前に復活したのをご存知でしょうか。一度は消滅したブランドを蘇らせたベンチャー企業経営者、佐藤和博さんにその思いを語っていただきました。

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ルーツは昭和7年創業の「安田靴店」

1932(昭和7)年、東京・小石川で創業した「安田靴店」は、かつては日本を代表するスパイクシューズメーカーでした。戦後もサッカー用品メーカーとしての地位を確立していましたが、徐々に衰退し新会社で再建を図ったものの、2002年日韓ワールドカップ(W杯)開幕を1か月後に控えサッカー界が盛り上がっていた時期に、「安田」は静かに70年の歴史に幕を閉じたのです。

東京都内で小学4年生からサッカーを始めた私(佐藤)も、この「安田」愛用者の一人でした。運命の出合いは中学2年の時でした。それまで履いていた他メーカーのシューズが馴染まなかったため、スポーツ用品店の店長に相談したところ、「日本人の足に合う『安田』がいいよ」と勧められました。

これがきっかけとなって、以降、高校の部活、大学のサークルでサッカーを続けた私の相棒となったのです。大学卒業後、私は大手生命保険会社を経てIT企業で働く社会人となりました。週末に仲間とフットサルで汗を流す機会が増えるにつれ、「安田」の存在は遠い記憶の彼方にいってしまいました。

ところが、忘れもしない2017年9月。フットサル仲間が発した、「『安田』のフットサル用のシューズがあったら蹴りやすいだろうなあ」との一言がきっかけとなって、ネットで検索。そこで初めて「安田」が15年も前に消滅していたことを知ったのです。

普通であれば、話はこれで終わるのですが、私は33歳の2009年に設立したITベンチャー「マイト」の他、2017年にクラウドファンディングの会社「ルートエフ」を立ち上げていました。

暗礁に乗り上げた300足の生産計画

クラウドファンディングを活用して「『安田』を復活させよう」と浮かぶのに時間はかかりませんでした。まず着手したのが商標権の所有者探しです。何とか探し当て、該当する「安田」の元社員の方に便箋に3枚、復刻に対する思いをしたためた手紙を差し出したところ、2日後に電話がありお会いすることになりました。

この方は「安田」倒産後も、一人で「YASUDA」ブランドのサッカー用品を手掛け、「安田復活」を夢見てきたそうで、初対面の日は5時間以上にわたって話が盛り上がったほどです。

しかし、夢と情熱だけでは事業は前進しません。まず靴づくりに不可欠な金型と木型を用意する必要がありました。「安田」の工場は、自社工場以外に協力会社の4工場があったのですが、3社まで「残っていない」との返事。最後の望みであった福島県内の会社に問い合わせると、奇跡的に保管されていました。

ところが、この会社と製造委託について話し合ったところ、最初から暗礁に乗り上げてしまいました。私は300足ほどの数量限定の復刻版を前提としていたのですが、先方は最低でも1000足くらいのロットでないと「商売にならない」との一点張りです。

年明けにもう一度、プレゼンテーションの機会を約束できたものの、打開策はないのが現状でした。そんな悶々としたプレゼン2日前の1月20日、自宅を片づけていたところ、すっかり忘れていた「安田」の黒いスパイクシューズが出てきました。20歳の時に購入したもので、ビニール袋に入れて仕舞ってあったのです。

古びたマイシューズが契約の決め手に

プレゼン当日、20数年前に購入したこの古びたスパイクシューズを持参。「今回は300足。成功したら会社も設立してロット数も増やしたい」と思いを伝えたところ、先方の社長の決断で復刻版の製造にゴーサインを出していただきました。

社長から後日、「あのスパイクシューズがなかったら何の説得力もなかったよ」と笑顔で言われましたが、まさに運が味方をしてくれたのです。その後、新会社「YASUDA」を立ち上げて、商品開発を進め、6タイプの新商品を発表。2018年12月から予約を受け付け、翌春から毎月数100足単位でお届けできるようになりました。

当初は復刻版のみの限定販売で終わらせようと思っていた私ですが、日本サッカー協会などサッカー関係者から、口々に「『安田』は日本サッカーの歴史そのもの。一発屋で終わらせるような事業ではない」といった激励の言葉に突き動かされたのです。

人の縁と運に導かれ、始まったばかりの「YASUDA」復活物語ですが、将来的にはサッカー、フットサル、そしてラグビーの市場で一定のシェアを確保したいと考えています。そして当面の目標は2022年のカタールW杯です。どの国の選手でも構わないので、誰か一人「YASUDA」のシューズを履いてピッチに立ってもらいたいと願っています。私もその目標に向け、チャレンジし続けます。

※その後、YASUDAは、複数のJリーグ選手と契約した他、2020年シーズンより、JFL(日本フットボールリーグ)所属のヴェルスパ大分とユニフォームサプライヤー契約を締結するなど、サッカー界で着実な歩みを続けています。スパイクシューズは1足1足のハンドメイドのため量産化できないのが現状。現在は在庫のみ販売していますが、2020年夏に新製品をリリースする予定とのことです。

(本記事は月刊『致知』2019年8月号の「致知随想」の一部を抜粋・編集したものです。あなたの人生や仕事の糧になるヒントが見つかる月刊『致知』の詳細・購読はこちらへ)

◇佐藤和博(さとう・かずひろ)
大学卒業後、大手生命保険会社とIT企業を経て起業。2018年5月、YASUDA(東京都新宿区)設立。サッカーは小学4年生から始める。現在は少年サッカーのコーチや審判にも取り組んでいる。

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