2019年12月25日
小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。俗界と隔絶した感のある高野山の道中、かつて修行を積んだ専修学院時代の光景がふと蘇ります。
高野山で寒中水行した日々
これも高野山専修学院での修行のことである。ストーブを焚きだした頃だから、冬である。実は専修学院には「水行場」がある。それを見つけた。着替室から、さらに中へ。檜(ひのき)の貯水槽があった。八分ほど水が張ってあった。スノコの上に桶(おけ)があるので、これで掬(すく)って水を掛けろということらしい。
「水行が出来る」。早速、寮監さんに許可を頂いた。翌朝、通常の行は6時からだから、その前にと40分前に起きて「水行場」に直行。室内は点灯されていないから、まだ薄暗い。シーンとしている。
白衣を脱いで中に入った。しゃがんで片膝を付き桶に水を汲んだ。ここまではスムーズに進んだ。だが、その桶の水を前にして気持ちが怯(ひる)む。「止めれば、後で後悔するぞ!」と自分を励ました。
「バサッ」。水をかぶった。冷たい。心と体がキュッと引き締まる。しかし、1回かぶれば占めたもの。後は如何ということはない。100回かぶった。やはり、水行の効果はある。気持ちがシャキッとする。体も火照ってくる。
1週間続けたが物足りなくなり、100回ずつ増やしていった。そして、1000回までかけ続けた。その達成感はあった。また、水をかぶった爽快感はあった。しかし、それが悟りとは直結しなかった。
格別な御大師さまの存在
金剛峯寺の前に立った。ここは高野山真言宗の総本山である。それにしても、この本山を中心にして50ヶ寺。いずれも大寺院ばかりだ。その中央を東西に道路が走っている。メインストリートだ。道沿いに仏具、仏像、お土産品などの商店がひしめいている。また、観光案内所もある。
そこを托鉢(たくはつ)しながら一の橋に出た。ここからは杉の巨木が林立する。とにかく太い。2人で抱えるほどの杉は幾らでもある、数人でひと抱え。そんな杉も珍しくない。俗界と隔絶した清浄なる霊気が漂う。そこを奥の院に向う参道が一本通っている。
歩いていると、「お大師さまが居られる」。そんな気分に自然になる。それが不思議だ。また、この参道を入ると、「おっ、島津家の墓石だ」「あれ、武田信玄の墓石だ。息子の勝頼の……」といろいろな発見がある。
驚いてはいけない。伊達政宗、石田三成、明智光秀。赤穂浪士の浅野家。前田家、鍋島家。さらには、織田信長、豊臣秀吉といった墓地まで。まさにNHKの大河ドラマの豪華キャストだ。その他、何十万という墓石がこの杉木立の中にひしめいている。大きな墓石も幾つもある。それをどうして運んだか。それだけでも大変なこと。その中心にある御大師さまの存在は別格である。
玉川に架かる御廟橋(ごびょうばし)に出た。ここで威儀を正し合掌礼拝して橋を渡る。ここからは御大師さまの御入定された聖域である。階段を上り灯籠堂の正面から中へ。東西に一間半ほどの通路があり、正面に大きな賽銭箱。その左右に受付があり僧侶が常時控えている。
内部正面には献灯された金色の灯籠が何段にも並び、天井からも無数の灯籠が下っている。また、大壇(だいだん)が2つ置かれている。院内はこうした灯籠だけで薄暗い。そこで僧侶の読経の声が厳かに響く。おだやかな、ゆったりとしたリズムだ。癒されるというか。独特な雰囲気がある。
その灯籠堂を出て右回りに石畳を半周すると、その北面の山肌に御大師さまの御廟がある。そして、その正面に直径1メートルはあるか、大きな青銅の香炉がある。その灰の中に線香が次々差し込まれ、青い煙が立ち上がっている。
また、左右の燭台にはそれぞれ50本から灯明が立つか。途切れることなく炎が燃え上る。ともかく参詣者でごった返している。巡礼者の一団でも来ればそこはいっぱいだ。
一心不乱に般若心経を唱える
御廟での参拝を済ませて再び御廟橋に戻り一礼して、左に折れ再び玉川の流れを覗き込んだ。思い出が蘇る。専修学院の最後。2月ではなかったか。
「玉川で水行する者」。希望者を募った。何名いただろうか。20名はいただろうか。夜、寮官さんに引率されてここへ来た。この時間、誰もいない。辺りはひっそりと静まっている。玉川のすぐ傍にある不動堂の濡れ縁で衣を脱いだ。白い褌(ふんどし)一つ。それから、川に浸かった。
「冷たい」。背筋がピーンと伸び、筋肉がギュッと締まり固くなった。目が点になる。必死になって全員で般若心経を三巻唱えた。終わって、身体をタオルで拭いて白衣をつけ。帯を巻いた。足袋は履けたが小鉤(こはぜ)が掛からない。指がガチガチだ。
何とか架けて衣を着ると、下駄を履いて駆けた。口が、体がガタガタ震えている。駆けずにおれないのだ。一の橋まで2キロ。カラコロ、カラコロ駆けた。それでも震えは止まらない。自動販売機があったので仲間と温かい缶コーヒーをひと口飲んだ。すると、不思議や不思議。あれだけ震えていた、震えが瞬時に止んだ。
つづく
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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。