【WEB限定連載】義功和尚の修行入門——体当たりで掴んだ仏の教え〈第42回〉四国霊場最後の札所へ

小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。八十二番札所の根香寺を参拝後、いよいよ四国霊場最後の札所八十八番である大窪寺に歩を進めます。

不思議に何度も道を間違える

根香寺(ねごろじ)を参拝してから、何故か道を間違えてばかり。八十二ヶ寺まで道は慎重に慎重に歩いて来た。だから、間違いはなかった。確かに道が2本に分かれ、どちらに進むか。右か左かに迷う。しかし、そんな時にはバタバタしない。

そこに一旦止まり、周囲をじっくり観察する。するとお遍路さんの赤いステッカー。小さいものだが木などにペタッと貼ってある。そのステッカーの道を進めばまずは正解。これはお遍路さんの御蔭である。

間違ったことなど一度もない。

ところが、如何したことか。何故、間違えるのか? 自分で間違える。それもある。が、道を聞くと間違った道を教える。親切に一緒に行ってくれた人もいたが、その人が道を間違える。何故こんなに間違えるのか。不思議だ。不思議でたまらない。

詩吟の先生に電話をして尋ねた。

「今日は道を間違えているばかり、こんなことは今までないことだ。如何したんだろう?」

「〈上から想念を送っていた〉と言っとう。96%の出来だと言っとうが……」

私にはどうも分からんが、私を動かしている。そのあるものがあるということか?

山道でなぜか思い出した尊属事件

遂に、四国霊場最後の札所八十八番、大窪寺(おおくぼじ)に向っていた。山道ではあるが、幅が広い。天気も晴れ。寒くはあるが太陽の温もりでまずまず。

ここを行脚していた時に、金属バットで両親を撲殺した事件のことを考えていた。この時、何故それを思ったのか、記憶に定かではない。民宿で新聞を読んだか、雑誌でも見たか。それは分からない。ただ、その事件に関連した何かを見たのか、聴いたのだろう。托鉢する家もないし、私は難しい顔をして歩いていた。

尊属殺人、しかも、父親と母親。その2人まで……。如何(どう)いう事情があったにせよ殺害した。最悪のケースだ。今までこんな事件があっただろうか。エリート家族で、生活は裕福だ。犯人はその息子である。予備校生で非行歴はない。真面目な生徒だ。

その人物が何故金属バットで……。年齢が22歳。家庭に不満があって反抗をした。家を飛び出した。あるいは進学を断念して就職したなら、それは分かる。それがいきなり尊属殺人になった。何かが狂っている。

この事件のことは全国行脚が終了してからも、未消化な一つの問題として残っていた。お堂で新約聖書をパラパラ読んでいた。その時のことだ。この事件はエデンの園から追放された「アダムとイブ」と関連していると直感した。すぐに分厚い旧約聖書を開いた。すぐに見つかった。そのあらましはこうである。

【エデンの園には果実があり、アダムとイブは自由に食べることが出来た。しかし、神は命じていた。

〈その中央にある善悪を知る木から取ってはならない。それは命の木だ。その果実を食べると、必ず死ぬ〉と。ところが蛇(へび)はイブを騙(だま)した。

「死にはしない」

そして、イブの心に囁いた。「その果実を食べると、あなたがたの目は開けて神のようになり、善悪を知るようになる」。

その殺し文句にイブは魅了された。果実を食べ、アダムにも与えた。その結果、エデンの園を追放された。】

このエデンの園から追放されたアダムとイブ。それが現代の日本ではないか……。つまり、神が死んだ。仏が死んだ。家に神棚が消え仏壇が消える。そして、宗教が危機に瀕している。宗教がない国。

しかも、大家族は小家族となり。小家族はいつしか同居人。その同居人は家庭内別居。あるいは、反目して憎み合う。それが家庭内暴力、近親憎悪、父母の殺害……。もはや倫理道徳など入る隙間(すきま)もない。失楽園だ。

科学技術が急速に進歩、発展し合理的判断が信奉される時代になった。稲妻はもはや神ではない。それを科学が立証した。その科学が宇宙にロケットを飛ばし、宇宙ステーション、更には月や火星にその探査機を送る。

これはすべて人間の頭脳がなせる技である。人間が神になった。一人ひとりが神になる。自分の知性を駆使して善悪の判断を下す。それが現代である。はたしてそこに心の平安があるか? 

大窪寺で八十八ヶ寺結願。本堂と大師堂でお参りを済ませた。四国を廻れるか廻れないか。その不安は絶えず付き纏(まと)っていたが、ともかく四国は終わった。しかし、全国となるとまだまだ。ホッとくつろぐ何処ではない。大窪寺から一番札所、霊山寺(りょうぜんじ)に戻り、淡路島から明石、そして高野山に向った。

つづく

           〈第43回の配信は9/18(水) 12:00の予定です〉

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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。

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