2019年07月24日
小林義功和尚は、禅宗である臨済宗の僧堂で8年半、真言宗の護摩の道場で5年間それぞれ修行を積み、その後、平成5年から2年間、日本全国を托鉢行脚されました。長かった四国巡礼は香川県に入り、弥谷寺を経て弘法大師三大霊場の一つ善通寺へと向かいます。
俳句茶屋で「泊めて頂きたい」
雲辺寺を下山して、民宿の太平さんで宿泊代を聞いた。
「素泊まりで、お幾らですか」
「4000円です」
微妙なところだ。3000円、3500円なら文句ないが……どうするか。ちょっと間が空いた。
「まあ~いいから、泊っていきなさい」
女将さんがポンと言葉を投げてきた。その瞬間、心に掛かっていたブレーキが外れた。修行者は孤独である。人の優しさに敏感である。情に弱い。そのまま宿泊することになった。
年齢は母と似たようなものか。食事をしながらも話は弾んだ。楽しかった。何かお礼にといって、何もない。そこで、「お経を上げさせて下さい」とストレートに言った。
「そうですか。それは、それは」と笑顔で受け入れてくれた。私は衣に着替えて御仏壇の前に坐り、30分ほど一生懸命お経をお唱えした。
「良いお声ですね。仏さんも喜んでくれたわ」と大変喜ばれた。本心で喜んでくれたのが分かった。それに勝る宝物はどこにあるだろうか。人間の本心が分かったように思えた。
翌日は感謝、感謝でこの民宿を後にした。
鹿児島から四国へ。それもいつしか香川県。四国最後の県だ。一日、一日が知らない土地。その連続である。そこで何が起こるか、予想がつかない。その日、その日がドラマだ。香川県、ここまで来たかという感慨はあった。
七十一番札所、弥谷寺(いやだにじ)の参道に立った。俳句茶屋がある。なるほど俳句が書かれた短冊が無数に下がっている。
白装束のお遍路さんが数人うろうろしていたが、やがていなくなった。そこで、店の主人か、女性である。声を掛けた。
「泊めて頂きたいのですが」
ちょっと思案していたが、「いいでしょう、貴方なら。宿泊代はいりません。食事代500円は頂きます。夜は誰もいませんから」。
〈あれ、旅館じゃないんだ。そうか俳句茶屋か〉
その時、初めて気がついた。
夕方になるし民宿がない。どこかと思っていた矢先、茶屋を旅館と間違えた。錯覚したまま言ったら、瓢箪から駒で宿泊が決まってしまった。これは助かった。食事を済ませたら、この俳句茶屋には誰もいなくなった。
3月の日差しの中を善通寺に向かう
独りでストーブにあたるのも申し訳ない。早々に布団を引いてもぐり込んだ。それにしても、何処の馬の骨か。その身分も定かではない。坊さんだからか、ともかく泊めてくれた。
旅館でもないのに〈貴方ならいいでしょ〉と咄嗟の判断で泊めてくれた。有り難いといえば有り難い。愉快といえば愉快でもあった。このちぐはぐなご縁にひとりで笑って眠りについた。
この善通寺は御大師さま御誕生の地である。今日では立派な伽藍(がらん)は並んでいるが、私にはあまり興味はない。その境内をゆっくり散策した。
3月の日差しは暖かいが、まだ、本格的な春ではない。空に雲がかかり木々の梢を冷たい風が吹き抜けて行く。
ここに佐伯家(弘法大師の生家)の屋敷があった。地方豪族である。瀬戸内海に近いから海産物は豊富。気候も温暖である。台風も讃岐山脈が防ぐから直接の被害は少ない。農作物、果実にも恵まれる豊かな大地だ。
だから、そこの住人は大らかで、穏やかな性格ではないか。そう思う。しかも、御大師さまは頭脳明晰な神童。佐伯家の将来を思えば、大切に大切に育てられたのではないか。
御大師さまの母方の伯父に阿刀大足(あとのおおたり)がいた。彼は桓武天皇の皇子(伊予親王)の教師であるから、優れた学者である。その伯父がこの甥の驚異的な頭脳に着目した。
大学に入れたら家門の名誉、名声が上がる。場合によれば中央官吏での立身出世も夢ではない。大いに期待した。そして、その伯父の意向により、上京し16歳で大学に入った。しかし、その大学を中途退学する。何故か……。
それは御大師さまが恵まれた環境で成長した。しかも、頭脳明晰であったから、なお更のこと愛情豊かに育てられた。だから、立身出世とか、名誉や地位、あるいは権力闘争など、御大師さまにとっては無縁のこと。
肌が合わなかった。そこで、大学を捨てた。ただ、唯一最大級の関心を示したのは、仏教であった。しかも、その優秀な頭脳は仏教学という学問に飽きたらず、私度僧(しどそう、官僧ではない)となり、四国の山野を放浪し身命を賭して凄まじい行に邁進した。そして、大悟された。
私は本堂でお参りし伽藍の周囲をゆっくり散策していた。その時、一斉に鳥がバサバサと空に舞った。次の瞬間、そうか、御釈迦さまと似ていると思った。釈迦族の王家に生まれ、生活は裕福である。立身出世や名誉、地位、権力といった俗世の欲望には興味がない。同じだ。あるのは〈人生とは?〉、その難問だけだ。
その解決の為にと王位まで捨てて出家した。凄まじい苦行を課し、その後、菩提樹下で座禅をして大悟された。似ている。人生を正面から見据えている。その姿勢が良く似ている。
つづく
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小林義功
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こばやし・ぎこう――昭和20年神奈川県生まれ。42年中央大学卒業。52年日本獣医畜産大学卒業。55年得度出家。臨済宗祥福僧堂に8年半、真言宗鹿児島最福寺に5年在籍。その間高野山専修学院卒業、伝法灌頂を受く。平成5年より2年間、全国行脚を行う。現在大谷観音堂で行と托鉢を実践。法話会にて仏教のあり方を説く。その活動はNHKテレビ『こころの時代』などで放映される。著書に『人生に活かす禅 この一語に力あり』(致知出版社)がある。