JALはかくして甦った——稲盛和夫に学んだ「信じる力」と再建の裏側 大田嘉仁×森島朋三

事業会社としては戦後最大の負債を抱えて破綻したJAL(日本航空)。その再建に臨む稲盛和夫氏の腹心として京セラから出向し、まさに命がけで全社の意識改革に取り組んだのが大田嘉仁さんです。誰もが不可能だと断じたJAL再建はいかにして実現したのか――その組織再生の要諦を、大田さんの口からお話しいただきました。対談のお相手は、大田さんの大学の後輩にあたり、稲盛経営哲学を大学改革に活かしてきた森島朋三さん(学校法人立命館理事長)です。

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心は放っておくとすぐに「雑草」が生える

〈森島〉
稲盛さんの考え方は、大田さんが致知出版社から出版された『JALの奇跡』にも凝縮されていて、とても勉強になりました。

特に「人の心は善(よ)きものに変えることができる」ということがJAL再建を通じてよく分かり、感動しました。

〈大田〉
森島さんには『JALの奇跡』の感想を書いた5、6枚もの手紙を送っていただいて、本当にありがとうございます。

この『JALの奇跡』にはいくつも視点があるんですが、まず伝えたかったことは、本来人間というのは真善美(しんぜんび)という基本的な価値観を追い求める素晴らしい存在であるのに、JALの方々はそれをなかなか発動できなかった。しかし稲盛さんの善き思いが、そうした人たちの心を本来の美しいものに戻していったということです。

もう一つは目に見えないものの大切さです。私たちは学歴や資格、技術など、目に見える能力を評価し、心の有りようのような見えないものは評価したがりません。

しかし、稲盛さんの成功方程式「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」にあるように、人間にとって最も大切なのは考え方であり、熱意なんだと。

〈森島〉
この方程式は、本当に素晴らしいと思います。

〈大田〉
この本で私が強調したかったのは、人間の心はもともとは素晴らしいものではあるけれど、一方で弱く、脆いものであり、何もしなければ悪いほうにも簡単に変わってしまうということです。

JALでは最近、飲酒問題等いろんなことが起こっていますが、それはいかに人間の心が弱いかも示しているとも言えます。稲盛さんも、JALの社員たちに、心は丁寧に手入れをしておけば満開の綺麗な花が咲くけれど、それを怠ればすぐ雑草だらけになるんだと、よくおっしゃっていました。

〈森島〉
それは稲盛さんがJALを再建されて約7年が経ち、当時の緊張感が社内から薄れてきたということもありますか。

〈大田〉
日々お客様と接して、サービスを向上させようと頑張っている現場の社員は、まだ大丈夫だと思うんですが、やっぱり、幹部の方は社会的にも評価される機会が増え、どうしても気が緩んでしまうんですね。それを見て、現場の社員にも油断する人が出てくるのかなと。

本の中にも、「成功ほど、人の心を惑わし、狂わせるものはない」と書きましたが、成功した時こそ、気を引き締め続けるようにしなくちゃならないんですね。

「信じる力」が社員を動かす

〈大田〉
ご存じのように2010年、JALは2兆3千億円を超える負債を抱え破綻しました。その再建のために稲盛さんが私たちを伴ってJALで仕事を始めた時、周りから「JALの社員は本当に慇懃無礼で傲慢で酷い。だから再建も失敗する」と言われていました。

〈森島〉
世間では当時、JALの再建は絶対無理だと言われていましたね。

〈大田〉
そのような中で、私が一番よかったと思うのは、マスコミが報道していたように傲慢な人間だけがJALに集まっているわけがない、彼らも普通の人間なのだから、きっと自分の会社をよくしたい、いい人生を送りたいと思っているはずだと、JALの社員を信じることができたことです。

稲盛さんも、社員を信じることができなければ、組織を運営することはできないとおっしゃっていますが、JALの社員を疑っても、全員を入れ替えることはできないわけです。

ですから、幹部を含め、目の前にいる社員は必ず私たちの思いを分かってくれるはずだ、そう信じなければ何もできなかった。

〈森島〉
まず目の前の社員を信じることからすべては始まると。

〈大田〉
そして、JALの社員が私たちを信じ、ついてきてくれるためには、彼らが心から納得できる大義がなければいけない。自分の名誉や金儲けのためにJALを再建するんだったら、誰もついてこなかったでしょう。

しかし稲盛さんも私もごく自然に、ここにいるJALの社員たちに幸せな人生を送ってほしいとの思いで、必死になって再建に取り組みました。

そういう大義、善き思いがあれば、たとえ表面的に反発があったとしても、最後は必ずついてきてくれるんですね。

〈森島〉
先入観を持たなかったことで、JALの社員たちに正面から向き合えたのですね。

右が大田さん、左が森島さん

幹部を劇的に変えたリーダー教育

〈森島〉
『JALの奇跡』に、JALの社員の意識が変わる原点になったのは、幹部の「リーダー教育」だったとお書きになっていますね。

〈大田〉
京セラからたくさんの社員が行っていれば、彼らがリーダーとなってJALの社員を教育してあげよう、意識を変えてあげようとなっていたかもしれません。しかし、意識改革を担当したのは私一人ですから、できることは限られてくるわけです。

まずJALの幹部、リーダーたちに変わってもらわなければ、とても再建はできませんでした。その時、私は、自社の文化は自社でつくる、自分たちの力で自分たちの意識は変えなければだめだと強く思っていました。

そうして、JALの社内から5人のメンバーを集めてもらい、「リーダー教育」を徹底的にやることにしたんです。

〈森島〉
リーダー教育では具体的にどんなことをされたのですか。

〈大田〉
参加いただいたのは役員全員と部長級の人たちですが、できるだけ女性や将来性のある若手幹部も含めてほしいとお願いしました。こうして選ばれた52人を対象にほぼ毎日、17回にわたって実施しました。稲盛さんにも無理をお願いし5回講義をしていただき、その後はコンパも行いました。

ただ、自社の文化は自社でつくると言ったように、教材もカリキュラムも講師も、全部自分たちで考えてつくる、基本は稲盛さんの考え方でも、JAL用にちゃんとアレンジしてくださいと。

そうすると、京セラの教材などを押しつけられるわけではないので、JALの人たちの理解も早いのです。

逆に言えば、他社で意識改革がうまくいかない事例を見ると、安易に外部の教材を使ったり、単に有名な講師を呼んだり、コンサルタントに丸投げしたりしています。自社の文化は自社でつくる、これはどんな組織においても当てはまることだと思います。

〈森島〉
おっしゃる通りです。

〈大田〉
ただ、最初は「リーダー教育」に反発する人は多く、本当にうまくいくのかと心配していました。その空気がガラッと変わったのは、3週目でした。勉強会の席で、かつて社長候補と言われた役員が手を挙げて

「私が間違っていました」
「稲盛さんの考え方をもっと早く勉強していたら、JALは倒産しなかったでしょう」

という趣旨の発言をされたんです。やっぱり責任を感じておられたと思うんです。そして、自分が頭を下げなければJALの社員は纏(まと)まらないと判断なさった。立派な方です。

それまでは、せっかくコンパを開いても、稲盛さんのテーブルにはあまり近づこうとしなかったんですが、その後、「稲盛さん、稲盛さん」と周りに賑やかな輪ができるようになりました。

 〔中略〕

稲盛さんに「渦の中心になる」という考え方があるんです。

これは特に若い方には参考になると思うんですが、何か問題が見つかれば、自分がリーダーとなって、皆を巻き込み、渦を起こし、解決しなくてはならない。渦の周辺にいるより真ん中にいるほうがやりがいがあるんだと。

しかし、これを稲盛さんがJALの幹部に話したら、「皆自分の仕事が忙しいので、なかなか渦の中心になるのは難しいのではないか」と質問した人がいました。

すると稲盛さんは、

「自分のA課だけでなく、BやCの課にも協力してもらわないと解決できない問題があったとする。それに取り組むのは確かにしんどいが、自分の枠を超えた問題に取り組もうと思わない限り、成長はできないし、本当のリーダーにはなれないんだ」

とおっしゃったんです。

普通は、与えられた仕事以上のことをやろうとすると、負担も大きいし、周りからはおせっかいと思われ、自分が損するからと躊躇すると思うんです。でも、稲盛さんの考え方は違う。それは自分が成長するチャンスでもあると前向きに考える。

そして、B課もC課にも協力してもらい、会社のためにこの問題を解決しようじゃないかと、渦の中心になっていく。そうすることで初めて枠を超えた大きな仕事ができるようになり、またリーダーとして成長もできるんだと。

〈森島〉
渦の中心になることで、初めて枠を超えた仕事ができる。本当にそうですね。

(本記事は月刊誌『致知』2019年5月号 特集「枠を破る」から一部抜粋・編集したものです)

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◇大田嘉仁(おおた・よしひと)
昭和29年鹿児島県生まれ。53年立命館大学卒業後、京セラ入社。平成2年米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、22年12月日本航空専務執行役員に就任(25年3月退任)。27年12月京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長に就任、29年4月顧問(30年3月退任)。現職は、稲盛財団監事、学校法人立命館評議員、日本産業推進機構特別顧問。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)がある。

◇森島朋三(もりしま・ともみ)
昭和36年大阪府生まれ。61年立命館大学産業社会学部卒業後、京都・大学センター(現・公益財団法人大学コンソーシアム京都)などを経て、学校法人立命館に入職。平成8年から16年まで京都・大学センターに出向。その後、総務部長、常務理事、専務理事等を経て、29年7月より現職。

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