入社を後悔した松下電器で学んだ〝日本型経営〟の神髄

企業を取り巻く環境が激変している中で、日本企業はどのような経営を目指していけばよいのか。松下電器産業(現・パナソニック)で「経営の神様」松下幸之助の薫陶を受け、現在はその教えを若い世代に伝える活動にも取り組んでいる中博(なか・ひろし)さんは、幸之助翁を通じて〝日本型経営〟の真髄を学び取ったといいます。

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「君らな、僕の顔をよく見ろよ」

〈中〉
京都大学経済学部を卒業した私が、松下電器産業に入社したのは昭和44年。ゼミの同期のほとんどが学者の道や官僚、大手銀行に就職をしていく中で、あえてメーカーを選んだのは、幼少期のある体験があったからでした。

それは小学6年生の大晦日のこと。音楽が大好きで、紅白歌合戦を聴きたがっていた私に、父が松下電器の「ナショナル」ブランドのラジオを買ってきてくれたのです。

以来、その感動とともに松下電器のナショナルが私の脳裏に染みつき、就職先として魅力を感じていたのでした。

入社式のスピーチで、当時会長だった松下幸之助さんに初めてお目にかかった時のことは、いまでも忘れられません。世界に冠たる松下電器なのだから、高度な経営戦略について語るはず、と期待していたのですが、松下さんは次のように語られたのです。

「君らな、僕の顔をよく見ろよ。このおっさん、何か面白いな、なんか縁があるな、と思ったら、松下電器で頑張ってほしい。しかし、何かぱっとせんな、こんな会社は嫌やなと思ったら、明日から来なくていい。……君らは偉くなりたいやろう。そしたらこの中で誰よりも松下電器が好きになったら、偉くなるよ」

期待していた話が聞けなかった私は正直、松下さんの言葉がすっと心に入ってきませんでした。しかも実習で配属されたのは、作業で真っ黒になる乾電池工場。さらに私一人、当時アメリカ企業と合弁で開発していたアルカリ電池をつくる、掘っ立て小屋のような実験工場で実習することとなったのです。格好いい背広姿の大学の同期のことを思うにつけ、私は松下電器に入ったことを後悔しました。

「掘っ立て小屋」で気づかされたこと

しかし、中卒・高卒で入社した年下の上司(ほとんど女性)とともに、現場の工場でともに汗を流し、呑みに行ったりした体験は、ものづくりの喜びを知る原点となりました。

そして驚いたのは、誰もが松下電器の社員であることに誇りを持ち、いつも笑顔で仕事が辛いと言う人が一人もいないことでした。また、勤務後も侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を交わし、現場から様々な提案が次々と出てくるのです。これには本当に感動しました。

実習後は、思いがけず会社全体の経営戦略を練る本社企画室に配属。幸之助さんのお話には戦略的なことはあまり出てきませんが、本社企画室では経済の動向から時事問題の分析、各事業部のコンサルティングといった、〝超〟がつくほど合理的な仕事に従事しました。心の部分と合理的な戦略が一体になっているのが、松下電器の強さだということを実感させられました。

そして、もう1つ松下電器で感心させられたのが、「任せて、任せず」の人材教育が徹底されていたことです。そのような社風の中で、事業部ごとに家電に使う色が違っていたのをすべて統一したり、音響機器ブランド「テクニクス」の創設に取り組んだりと、好きなことに思う存分挑戦させていただきました。

さらに30代の若さで、関西経済連合会に出向となり、後に住友信託副会長となる堀切民喜氏など、錚々たる方々と仕事をする機会にも恵まれました。

やはり、自分の会社や仕事を好きになって、楽しむことこそが、成功するための一番の近道であるというのが私の実感です。幸之助さんがスピーチでおっしゃったことは間違っていなかったのです。

幸之助さんの求めたものを求めて

その後は、幸之助さんが亡くなる1年前に経営コンサルタントとして独立。サントリーや森ビル、コスモ石油などのコンサルタントを務め、佐治敬三氏、森泰吉郎氏、中山善郎氏など、名経営者と親しく交わりました。現在は「中塾」「立志義塾」の塾頭として、若い経営者の育成に取り組んでいます。

幸之助さんがよくおっしゃっていたのは、人生においても、経営においても、自らの人間力や経営理念といったしっかりした足腰、土台をつくるとともに、何事にも「融通無碍(ゆうづうむげ)」の柔軟な精神で対処していくことの重要さです。

幸之助さんは、信長や秀吉、家康の「ホトトギス」の句について、「ホトトギスを鳴かせることに拘るから殺せとなる。でも、拘らなかったら鳴かんでもいいでしょう? 鳴かずんばそれもまたよしホトトギス」とおっしゃっていますが、これなどまさに融通無碍の精神そのものです。

幸之助さんがおっしゃったように、移り変わる四季や様々な自然災害の中で生きてきた日本人には、環境の変化に柔軟に対処していく精神性が備わっています。公害が社会問題になった時にも、日本は世界に先駆けて世界一の省エネ技術を生み出しました。

そして、私自身が松下電器の現場で学んだように、日本人にはコップ1つつくるにしても、どうすれば快適に暮らせるか、人が幸せになれるかという、優しさや微小なものへの美意識、自然に共感する心があります。この心は本居宣長や小林秀雄がいった、「大和心」「もののあわれ」にも通じるといってよいでしょう。

そのような融通無碍の精神性や大和心を、日本人がいま一度取り戻し、先端技術に挑戦していけば、アメリカや中国とは違った、世界に冠たる経営、製品を必ず実現できるはずです。

実際、いま世界的なIT企業が、こぞって経営に取り入れているのは、MBAではなくて、マインドフルネス(瞑想)といった日本人の知恵、考え方なのです。

これからも幸之助さんの教え、日本人に受け継がれてきた精神性や心を学ぶ大切さを一人でも多くの方、特に若者に伝えていくことで、日本の明るい未来の実現に貢献していければと願っています。


(本記事は月刊『致知』2018年3月号 連載「致知随想」から一部抜粋・編集したものです)

◇中博(なか・ひろし)
昭和20年、大阪市生まれ。京都大学経済学部卒業後、松下電器産業(現パナソニック)に入社。本社経営企画室にて、本社事業計画をはじめ主要商品プランニングを担当。関西経済連合会に若くして主任研究員として出向、21世紀大阪計画、国有事業の民営化の先導となる経団連プロジェクト、自由主義経済プロジェクト等を担当。その後数々の話題を残したビジネス情報誌「The21」創刊編集長を経て独立、経営コンサルタントとなる。現在は、経営コンサルティングを務めるとともに、若手経営者を育成する「中塾」を主宰。

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