2019年03月29日
「国家百年の計は国語力の向上にある」と断言する齋藤孝氏。明治の日本がいち早く近代国家の仲間入りをした背景にも、高い国語力がありました。ところが、現在の小学校1年生の国語教科書は子供に与えるべき十分な内容になっていないと齋藤氏は言います。それを憂慮して制作されたのが、『齋藤孝のこくご教科書 小学1年生』。その刊行に際し、現在の国語教育の危機的状況と国語力養成の重要性についてお話しいただきました。本日は後編をご紹介いたします。【前編はこちら】
子供に質の高い日本語を
月に1冊も本を読まない大学生の割合が50%を超えたという調査がありました。そんな知的向上心に欠ける国民に未来があるのかと疑念が湧き上がります。本を読むことは知的向上心の表れであり、向上心を高めるステップなのです。本を読むと、もっと知りたい、分かりたいという好奇心が高まります。それが新たな読書活動と連動していきます。
本を読まない人が増えているというのは、難しい本を読むだけの国語力が身についていないからでしょう。小学校のうちはみんな割と読書をしますが、中学以降に読まなくなる。小学生が読むような物語は少ない語彙でも対応できますが、大人の本になると語彙が急に増えて、扱う対象も多様になってくるためです。その時に知的好奇心を持って立ち向かえるかどうかなのですが、それができないというのは、小学校の国語教育が低下している証拠です。
特に小学校の1年から3年までは新しいものに出合う重要な時期です。その時にレベルの高い国語に出合うことが大事なのです。大人の国語がどんなものかを知り、それをこれから学んでいくのだという覚悟を決めてもらう。寺子屋では知識もないのに返り点を打った漢文を読んでいました。でも、子供はそれを負担に感じませんでした。意欲に溢れて、難しいものにも積極的に取り組んでいきました。そうした能力は現代の子供も持っているはずです。
高度な情報化社会に生きているいまの小学校1年生の知的水準は、昭和30~40年代の子供に比べると、ずいぶん高いと思います。iPadやスマホなども簡単に操作します。それだけの知能を持っているのですが、学校でそれが大きく育つような栄養が与えられていないのです。土台づくりは重要です。例えば砂場で山をつくる時に、土台を小さくしてしまうと小さな山しかできませんが、土台を広く大きくすれば、その分、大きな山がつくれます。本来、その広く大きな土台をつくるのが、小学校1年の国語教科書です。それが十分でないというのが問題なのです。
小学校の子供は意欲に溢れています。中学以降は、小学生特有の素直さが若干薄れてきて、勉強する子、しない子に分かれてきます。ですから、みんなが向学心を持って取り組みやすい小学校の間に、より高いレベルの言語能力、母語能力、日本語能力を育成することが国家の土台づくりにも繋がるのです。
親子で読む国語教科書
また国を動かす以前に、一人ひとりが自分の心をちゃんと制御する自制心を養い、自分のやりたいことが分かる広い意味での思考力を持たないと、大人になって苦しむことになります。自分が何をやりたいのかを感じ取り、そのために社会の中でどういう道筋を辿ればいいのかを調べて考える力というのは、すべて言語を使ってやることです。言葉が少ないと感情も雑駁になり、得られる情報も少なくなって、情報弱者になってしまうのです。そういう状態に子供を置いてはいけません。
私が知り合った韓国人留学生で非常に日本語がうまい学生がいました「どうやって勉強したの?」と聞くと「山岡荘八の『徳川家康』を全巻読みました」と答えました。それくらいの能力だから、文章も完璧な日本語で書きますし、大変知的な会話ができます。日本語が母語ではない人間でも、高いレベルの読書をすると、日本人顔負けの言語活動ができるようになるということです。そういう人は頭がしっかり働いているので、仕事もしっかりできます。
逆に、語彙の能力が低くて本を読む力が身についていない人は苦労します。英語の能力が低い人が英語の本を読むのが苦しいのと同じです。本来、母語であるならば空気を吸うように読めるはずですが、語彙力が低いとそれも簡単ではなくなってしまうのです。
知的な興奮とともに国語能力向上の訓練をするためには、優れたテキストを子供に与えなくてはなりません。それが現実の国語教科書では難しくなっているところに大きな問題があります。実際にご覧になると分かると思いますが、いまの国語教科書は「これで日本が支えられると本気で思いますか?」というレベルです。各学年に分けられた様々な設定があり、それが子供たちに迎合するような形でだんだん緩くなってきていて歯止めがきかない状態です。この相対的な地盤沈下を止めるのはなかなか難しいことです。
そこで私はこの度、まず家庭の中で親が責任を持って子供に必要な国語力をつけてもらいたいと考え、『齋藤孝のこくご教科書 小学1年生』というテキストをつくりました。これは現行の国語教科書の不足を補い、子供たちの国語力の土台を大きくすることを目指したものです。親子で読めば自ずと言葉と精神が一体となった形で子供の心を深く耕してくれるような内容になっています。
ただし、これを使いこなすには親の覚悟が必要です。かつての寺子屋で子供たちが読んでいた『金言童子教』や『論語』は素材として素晴らしいものでした。それをただ子供に与えるのではなく、大人が覚悟を持って教えていました。この覚悟を決めて教えるということが非常に大切です。私たちは次の100年をしっかりとした形で迎えないといけません。いま日本の人口比率は高齢者が多くて下が少ない歪な形をしています。人類史上初の少子高齢化社会に日本はどう対処していくのか、世界が注目しています。
この極端な少子高齢化の中で次の世代を育てていくためには、なんとしても一人ひとりにしっかりとした思考力と新しいものを生み出すだけの対話力を身につけさせなくてはいけません。そういう覚悟を共有して、子供たちに質の高い国語を与えていくことは大人の責務です。
今回つくっている『齋藤孝のこくご教科書 小学1年生』の中には、私自身の日本の将来にかける思いも込めました。それをぜひ汲み取っていただき、覚悟を持って子供に与え、一緒に読み語り合って、日本の未来を担う立派な子を育てていただきたいと思います。
(本記事は『致知』2019年1月号 特集「国家百年の計」より一部を抜粋・編集したものです。『致知』には人間力・仕事力を高める記事が満載! 詳細はこちら)
齋藤孝
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さいとう・たかし―昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『楽しみながら1分で脳を鍛える速音読』『楽しみながら日本人の教養が身につく速音読』『国語の力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』『子どもと声に出して読みたい「実語教」』『日本人の闘い方』(いずれも致知出版社)などがある。
あの『にほんごであそぼ』総合指導・齋藤孝先生がつくった理想の小学国語教科書
『齋藤孝のこくご教科書 小学1年生』定価=本体1,600円+税
(※推奨学年 1年生~3年生)