2020年01月21日
その技術や精神性が、いま世界から高い注目を集めている「忍者」。しかし、その実像はいまだ謎や誤解に包まれており、日本人にとって正確には知られていません。現代を生きる忍者、甲賀伴党21代宗師家・川上仁一さんに、忍術の修業の実際、忍術を日々の生活や仕事に活かすヒントを伺いました。
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自らの限界を知る
※川上氏は、先代の甲賀伴党20代宗師家・石田正蔵に幼少期より忍術の手ほどきを受けた
(川上)
小学校高学年になると、明るいところと暗いところを出たり入ったりして、暗闇でも目が見えるようにする訓練をしたり、家族にばれないようわざと夜中に家を出る、知り合いの家の鍵を開けたり、戸を開けたりする術技なども教えてもらうようになりました。
例えば、家の中に忍び込む時には足音を立てないようそーっと歩く。基本は「抜き足」「差し足」です。片足を引き抜くように高く上げ、そこから指先で地面を触るようにそっと下ろしていきます。これなら暗闇でも石や段差に引っかかったりせずに済むんです。
(――まさに忍者という感じですね。)
(川上)
それから、武術や火薬の調合、身近な草花や樹木を利用した薬草のつくり方も習いました。
それで中学生になると、人間の心理、喜怒哀楽といった感情を利用する謀略的手法など、より高度な術技になっていくわけです。
(――詳しくお教えください。)
(川上)
先代が言うには、人間や物事には表と裏がある、いいことを言われても裏があると勘繰れと。
要するに、人間は感情の生き物なので、「七情(喜・怒・哀・楽・愛・悪・欲)」や「五欲(食・色・物・風流・名誉)」を熟知して利用し、自分はそれらを制御しなさいという教えです。色仕掛けの諜報や大金持ちですべてを持っている人に名誉職などを与えるのも、「七情五欲」の活用だと言えます。
(――あぁ、人間の心理や欲望を知り、うまく活用する。)
(川上)
それから、「天の時・地の利・人の和」の「三利」を知り、得ることが忍者にとって大事だとも教えられました。つまり、天の時は天候や時勢、風評、流行などのタイミング。地の利は風土や地形、交通などのポジション。人の和は感情や気質、思想などのコミュニケーションのことを意味します。
ただ、中学生の頃にはまだそんなに深くは理解できません。心の中では、人を疑ってかかるのはよくないことだ、という葛藤がよぎるんですね。でもその段階を超えてしまうと、なんだか吹っ切れたようになってしまって、他人から純粋に褒められても、「なんか魂胆があるのではないか」と、非常に嫌な人間になってしまうんです。
後に会社勤めをした時も、その勘繰る習慣は40を越えるまでなかなか払拭されませんでした。ですから、当時の上司にとって素直さが全くない、非常に嫌な使いにくい人材だったと思います。
(――あぁ、40頃まで。)
(川上)
あとは、どんな状況にも耐えられる忍耐力を得る鍛錬です。
人の生理に反する鍛錬が一番辛いのですが、それをやらないと忍耐力は体得できません。子供の頃は、大小便を我慢する、寒い中で薄着をする、暑い中で厚着をするといったことから始まり、18歳を過ぎてからは30日の断食や72時間の断水もやりました。
「眠らない」という鍛錬もやりましたが、3日眠らないと幻覚が出ますね。生命の危機までいく。
(――それは過酷ですね……。)
(川上)
なぜそのような鍛錬をするかといえば、一つには忍者として自分の限界を知っておく必要があるということです。例えば、敵地に忍び込んだ時に食料が手に入らないという場合でも、自分の限界を知っていれば余裕を持って任務を遂行できるようになります。
それから、歩き方や呼吸法、断食、不眠といったすべての鍛錬がそうですが、最終的には、体と心を一つにして行動を起こせるようになることを目指しているんですね。忍者はいかなる時でも「心身一如」で電光石火に動けなければ任務に支障が出てしまいます。
ただ、断食や眠らないなどの過酷な鍛錬は何度かやればいいんです。一度でもやり抜けば、「自分はこれだけできたんだ」と、ものすごく自信と余裕が生まれます。
忍術の極意は忍耐にあり
(――先代の教えでいまも大事にされていることはありますか。)
(川上)
「忍術の忍は堪忍の忍」、もうそれに尽きます。要するに、忍術とは忍び込む術ではなくて、じっと堪忍、我慢する術なんだと。
忍者の「忍」の字には、心臓の「心」の上に「刃」が載っています。その字のとおり、刃を少しでも動かせば心臓が切れて死んでしまいますから、押しも引きもなりません。いま一息のところでじっと我慢する心構えこそ、忍者に必要な「鉄壁の不動心」なんですね。
また、『秘伝書』では、日の丸のような赤い円の中央に「忍」の一字を置いて、忍術の極意を表しますが、丸はリングの輪、平和・調和の和、異質なものが交わる「和える」にも通じます。つまり、和を実現するには、できるだけ争わず、お互いに忍耐して仲よくすることが大事だということです。
ですから、忍術の精神は、争いが絶えない、いまの世界にぴったりなんですね。何事も我慢ができないから争いになってしまう。
――忍術の極意が忍耐、和の心だというのは意外に思えます。
(川上)
忍者は戦うイメージが強いですが、それは誤解なんです。そこは一番伝えたい部分ですね。
そもそも忍術の起源は、日本独特の風土や精神性と関係しています。日本人が、原始の狩猟生活から四季に根ざした稲作を中心とする農耕定住生活へと移り変わっていく中で、群れ、すなわちムラが形成されていきますが、そうなると、当然自分の思っていることを我慢し、皆と協調することが必然となっていきます。
また、繊細な四季の変化や、自然災害の過酷な環境の中では、常に四方八方に目を配って、思案を巡らし、物事に臨機応変に対応することが求められました。
その一方で、人間には争う本能もありますから、近接するムラとムラとの間には様々な戦いがありました。その時に、なるべく互いに傷つかず、自分が優位に立つためには何が必要かというと、相手の弱点などを探る情報収集能力、談合をするなど最小限の力で相手を制する知恵、技術なんです。
そのように、和を貴ぶ精神性や争いを避けムラの平和を維持する知恵が、日本人にずっと蓄積されていき、「総合生存技術」にまで高められたのが忍術なんですね。
――忍術には日本人の精神性や生きる知恵が凝縮されていると。
(川上)
そのように捉えれば、忍術は、私たちがよりよく生きるための手法として、現代にも生きてきます。
人間の感情を最大限利用する「七情五欲」も、人間関係や仕事を円滑にするために有効です。
忍術書に「人の言葉に花を咲かせる伝」というのがありますが、要するに人は叱ってはいけない、褒めないといけないのだと。嫌なことを頼む時にも、「やっとけ!」と言うより、「君がおって助かったよ」と頼むだけでだいぶ違ってきます。
――私たちの日々の生活にも、忍術の教えは生かせるんですね。
(川上)
今回の『致知』のテーマは「活機応変」とのことですが、それはまさに忍術の心です。忍術の本質も、争わず、調和して生きていくために己を知り、相手を知り、「機を捉まえて間隙を衝く」ことにあります。
そして、そのためには弛まぬ自己鍛錬、何があっても動じない忍耐が必要です。互いに忍の心があれば、何事にも和が生まれます。
これからも、忍術を通じて日本人に受け継がれてきた心を守り伝え、また、海外の方々にも知っていただくことで、一人でも多くの方の心の平安、世界の平和に貢献していければと願っています。
(本記事は月刊『致知』2018年2月号 特集「活機応変」から一部抜粋・編集したものです。いまの時代に求められるのは「人間力」。人生や仕事、人材育成のヒントが満載!月刊『致知』の詳細・ご購読はこちら)
◇川上仁一(かわかみ・じんいち)
昭和24年福井県生まれ。甲賀忍之伝を継承する甲賀伴党二十一代宗師家。武術家、忍術研究家。地元で忍術・武術・兵法の研修を行う神道軍傳研修所を主宰。伊賀流忍者博物館名誉館長を務め、平成23年より三重大学社会連携研究センター特任教授に就任。近著に『忍者の掟』(角川新書)がある。