浄土門主・伊藤唯真が語った、生涯に一つの大きな後悔

浄土門主、総本山知恩院門跡として、法然上人以来の浄土宗の法統を受け継ぐ伊藤唯眞さん。その伊藤さんが人生を振り返りながら、一つの大きな後悔について語られました。緩和ケア医として2,500名の死を看取ってきた湘南中央病院医師の奥野滋子さんとの対談の中でそのことを話されています。

もし、死の問題について一緒に話し合っていたら

浄土宗の寺に生まれた伊藤さんは、若かりし頃、僧侶としての道を歩むことに抵抗を感じていた時期があったそうです。しかし、葛藤を抱えながらも歩み続けるうちに、次第に「自分にはこの道しかない」という思いが強くなり、僧侶として、学究者として研鑽に努めるようになられます。そして53歳の時、ある深い悲しみを味わわれます。奥様の死です。

 
(伊藤)
私は53の時、家内を病で亡くしました。まだ48歳で、それまで健康そのものだったのですが、入院して僅かひと月半の間のことでした。もっと早く気づいてやれたらよかったのですが……。
 
当時はまだ、病名を本人に告知をすべきかどうかが議論されている時で、私も随分悩みました。心の内は、家内がもうじき死ぬという思いで張り裂けんばかりだったのですけれどもね。家内も、先生が自分の病状をはっきり教えてくれないことを憾んでおりましたが、私も結局最後まで本当のことを告げることはできませんでした。
 
もしあの時に本当のことを告げて、死の問題について一緒に話し合っておったら、彼女は苦しみの中にも何かの言葉を遺してくれたのではないか。本当に申し訳なかった、といまだに後悔しているのです。死にゆく彼女の傍らで寄り添って看取れなかった。仏教者、夫として失格だと、慚愧の念に苛まれました。

(奥野)
あぁ、奥様のことでそのようなご体験を……。

(伊藤)
その時以来、日々のお勤めでは彼女の戒名を欠かさず称えて念仏回向をしておりますが、夢に出てくる妻はいつもそっぽを向いていて、少しも喋ってくれなかったのですよ。それが3、4年前からようやくこちらを向いて笑顔を見せてくれるようになりまして、あぁ許してくれたんだなと。
 
そんなことでようやく最近になって、家内への思いもこうして口に出して言えるようになってきたわけです。きっと彼女はこういう私を見て「アホやなぁ、いま時分になって」と笑っていることでしょう(笑)。

◎過去にも未来にもたった一つしかない、この尊い命をどう生きるか──それを学ぶのが人間学です

どれだけ尽くしても後悔することは山ほどある

奥野さんは医師として多くの患者さんを看取った体験から、死についてこのように話されます。

(奥野) 
まだ患者さんへの告知をしない時代に、猊下がご僧侶というお立場もある中でどれだけ辛い思いをなさっていたかと思うと、胸が痛みます。でも、その後ずっと奥様のことを思い続けておられるのは素敵なことですし、奥様もきっと許してくださっていると私も思います。
 
いまの猊下のお話からも実感させられるのですが、亡くなった人に対しては、どれだけ尽くしても後悔することって山ほどあると思うんですね。私も父を肺がんで亡くした時には、もっと早く気づいてあげられたらと思いましたけれども、いくら悔やんでもどうしようもありません。
 
ただ、猊下がそうしてご自分のご体験を包み隠さず語ってくださるのはとてもありがたいことで、宗教を知り尽くしたご僧侶という立場の方でも、自分たちと同じような苦しみを抱かれるというのは、逆に救いになると思うんです。私は、父にあれをしてあげられなかったという悔いがいっぱいあるんですけれども、そうした悔いを持っていてもいいのだと、猊下のお話を伺って救われるような思いがしました。

人間誰もが味わうことになる「死」。お2人の対談は死を考える上で様々なヒントを与えてくれています。

(本記事は月刊『致知』2018年11月号 特集「自己を丹誠する」の対談「この生をいかに全うするか」より一部抜粋・編集したものです。詳細はこちら

◇伊藤唯眞(いとう・ゆいしん)
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昭和6年滋賀県生まれ。28年佛教大学卒業。33年同志社大学大学院文学研究科博士課程修了。49年佛教大学文学部教授。平成元年同大学学長。9年京都文教短期大学長。11年京都文教学園学園長(兼任)。平成19年大本山清浄華院法主。22年浄土門主・総本山知恩院第88世門跡。著書に『伊藤唯眞著作集』『日本人と民俗信仰』(ともに法蔵館)『法然上人の言葉』(淡交社)など。

◇奥野滋子(おくの・しげこ)
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昭和35年富山県生まれ。金沢医科大学卒業。順天堂大学医学部麻酔科学講座で麻酔・痛み治療に従事。平成12年より緩和ケア医に転向。神奈川県立がんセンター、順天堂医院緩和ケアセンターを経て、現在湘南中央病院在宅診療科医長。著書に『ひとりで死ぬのだって大丈夫』(朝日新聞出版)『「お迎え」されて人は逝く』(ポプラ社)『今日も、「いのちの小さな奇跡」を見つめて。』(大和出版)など。

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