栗山英樹監督の指導力は、いかにして養われたのか

2020年9月には、監督として通算600勝という球界に名を残す功績をあげ、この度のWBCでは、侍ジャパントップチームを見事優勝に導いた栗山英樹さん。その指導力の根底には、固定観念に捉われない采配や、選手の能力を最大限に引き出す指導哲学がありました。

「人と比べるな」という恩師のひと言

――栗山監督はプロ野球選手になりたいという夢は、いつ頃からお持ちでしたか。

〈栗山〉
物心ついた時からそう思っていました。というのも僕らの世代は野球しかなくて、しかも王さん長嶋さんの時代だったので、プロ野球選手になりたくてたまらないという感じでしたね。

ただ、大学在学中には教員免許を取って一度は教員になろうと考えたのですが、どうしてもプロ野球選手になることが諦めきれなかった。それでプロチームの入団テストを受けて、ヤクルト・スワローズにドラフト外での入団が決まりました。

――夢に見たプロの世界はいかがでしたか。

〈栗山〉
失敗したな、と思いました。

――失敗した?

〈栗山〉
こんなすごい人たちが集まるようなところに入っちゃいけなかったというのが、正直な思いでした。そう思ってしまうこと自体問題でしたけど、それくらいプロの世界というのは才能の世界なんだっていうことをまざまざと感じさせられましたね。

さらに2年目にはメニエール病といって、平衡感覚が狂う三半規管の難病に罹ってしまい、現役時代はずっと苦しめられました。ただ、それも含めて僕の才能なんだというふうに受け止めようとはしていましたね。

――特に影響を受けた人物はいらっしゃいますか?

〈栗山〉
それは当時2軍監督だった内藤博文さんですね。内藤さんは巨人にテスト生として入団した選手の中で、初めてレギュラーになった方でした。当時結果を出せずに苦しんでいた僕に対して、内藤さんは「人と比べるな」って言ってくれたのが、僕にはすべてでした。

――人と比べるな、ですか。

〈栗山〉
いまでこそ内藤さんのおっしゃるような考え方は珍しくなくなりましたけど、当時の野球界でそういう考えをお持ちの方はほとんどいなかっただけに、僕は本当にそのひと言に救われました。

当然、プロの世界ですから人と競争して生き残っていかなければいけません。でも、他の選手と比べるよりも、まずはきょうよりも明日、明日よりは明後日と、少しずつでも自分自身の野球がうまくなっていけばいいと、内藤さんは言ってくれました。

いま思い返しても、僕くらい落ちこぼれるというのは、珍しいくらいの落ちこぼれでしたけど、そんな僕の可能性を内藤さんは信じてくれた。僕はそれが嬉しかったんです。それに昨日の自分よりも少しでもうまくなれというのならできるはずだと思って、内藤さんに喜んでもらおうとひたすら努力しました。
 
――いまのお話は栗山監督の選手に対する姿勢にも通じるものがあるように感じました。

〈栗山〉
選手を成長させ、輝かせるのが監督の一番の仕事だと僕は思っていますからね。

徳川家康が愛読したとされている『貞観政要』に、こんなことが書かれています。唐王朝の2代皇帝・太宗が治めた貞観の時代、城の門には石段が2段しかなかったといいます。それで守りは大丈夫だったかというと、本当に愛情を持って民に尽くしている王であれば、民が守ってくれるから大丈夫だという話です。

物事を成すには、上に立つ者が人々に尽くさなければならないことを、歴史は証明しているわけで、だからこそ僕も監督として、どうすれば選手にとって一番いいことなのか、ということだけを考え続けてきました。

よくチームのために勝つことと、選手を育てることとは時に相反すると考えられていますが、相反しません。むしろ絶対イコールだと信じてやってきました。その結果、選手たちがキラキラと輝いてプレーしてくれたことで、チームが確実に前に進んでいくことができたのだと思います。

選手に大切なのは、スポンジのような○○○

――これまでたくさんの選手を見てこられた中で、伸びる選手と伸びない選手の違いはどこにあるとお考えでしょうか。

〈栗山〉
まずは野球が本当に好きかどうか、ということです。

本当に野球が好きであれば、誰よりも野球がうまくなりたいと思うわけで、ゲームだって本当に好きだったら一番になりたいと思うじゃないですか。きっと好きなもののためだったら、誰よりも努力できると思うんですよ。

ところが、この世界って自分の好きなことを仕事としてやれる数少ないものの一つなのに、僕に言わせたら本当に野球が好きなんだろうか、と思うような選手もいるんです。それほど好きでなくても才能溢れるゆえに活躍できる選手もいますけど、最後はやっぱり野球を好きという思いが、その選手を大きく押し上げる力になるんではないかと思います。

――野球に対する純粋な思いが大切であると。

〈栗山〉
あとは素直さですね。人間というものは、少し結果が出てくると、自分のやっていることを正しいと思うようになります。でも本当に正しいかどうかなんて分かりませんよね。

だから、自分がやっていることは正しいんだと凝り固まってしまうのではなく、常にもっといい方法があるかもしれないって思えること。そのスポンジのような吸収力や適応性といったものを持っている選手が、やっぱり一気に伸びていきますね。


(本記事は月刊『致知』2017年3月号 特集「艱難汝を玉にす」より一部を抜粋・編集したものです)

栗山英樹監督より『致知』へコメントを頂戴しました

〝私にとって『致知』は人として生きる上で絶対的に必要なものです。私もこれから学び続けますし、一人でも多くの人が学んでくれたらと思います。それが、日本にとっても大切なことだと考えます。〟

◇栗山 英樹(くりやま・ひでき)
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昭和36年東京都生まれ。59年東京学芸大学卒業後、ドラフト外でヤクルト・スワローズに入団。64年ゴールデングラブ賞を受賞。平成2年に現役引退後は、解説者、スポーツジャーナリストとして活動。23年北海道日本ハムファイターズ監督に就任。就任1年目にしてチームをパ・リーグ優勝に導くも、翌年は最下位に低迷。29年にはパ・リーグ優勝と日本一を成し遂げた。著書に『未徹在』『「最高のチーム」の作り方』(ともにKKベストセラーズ)など多数。

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