2018年08月23日
一冊の本との出会いが人生を大きく左右することがあります。まるで導かれるようにして一冊の本と出会い、それが人生をひらく大きな道標となる――。そこで今回は、『呻吟語』や『菜根譚』などの中国古典を翻訳として活躍する祐木亜子さんの「本との出会い」をご紹介します。
運命を変えた一冊の本『菜根譚』
私を中国古典の世界へ誘ってくれたのは、大学時代の恩師でした。
双子の妹とともに同じ大学の同じ学部に進学した私は、自分とは何者だろう、というアイデンティティーの問題を人一倍意識していました。
加えてその頃の私は、意見の異なる相手と心を通わせる術に長けていなかったため、しばしば人と衝突しては、自己嫌悪や人間不信に陥ることを繰り返していました。
大学で中国語を教わっていた恩師の研究室を訪れた時、そういう自分の悩みを打ち明けたところ、
「君は、自分がどう生きたらいいのか分からないのだろう」
と言われ、一冊の古典を手渡されました。『菜根譚』でした。
・ ・ ・ ・ ・
最初は、生身の人間とぶつかり、葛藤している自分の思いに、こんな古くさい書物が応えてくれるとは思えず、しばらく本棚の中で眠ったままになっていました。
ところが、何かのきっかけでページをめくったところ、そこに書かれている言葉にグイグイ引き込まれていったのです。
私は、自分の考えを相手に聞いてもらうことにばかり執着して、相手を受け入れること、受け入れられる自分を養うことをしていなかった。自分はまさに、ここに書かれている小人ではないか……一読して思わずため息が出ました。
・ ・ ・ ・ ・
「忍激(にんげき)の二字は、これ禍福の関なり」
(じっとこらえて辛抱するか、一時の激情に駆られて爆発するか。どちらをとるかが幸福と不幸の分かれ道になる)
「人を責むるなきは、自ら修むるの第一の要道なり」
(人を責めない、これが自らを修める上で最も大切なことである)
例えばこうした『呻吟語』の言葉に繰り返し触れるうちに、友人たちから「丸くなったね」と言われるようになりました。
先達の叡智が私の中に浸透し、少しずつ表に現れるようになったのかもしれません。
(※本記事は『致知』2009年9月号「一書の恩徳、萬玉に勝る」に掲載された記事を抜粋・編集したものです。『致知』には教養や見識を高める言葉や教えが満載です!各界のリーダーたちもご愛読、人生・仕事のヒントが満載の月刊『致知』の詳細・ご購読はこちらから)
◇祐木亜子(ゆうき・あこ)
━━━━━━━━━━━━━━━━
山口県生まれ。東北大学経済学部卒業。中部電力を経て中国へ渡り、上海の弁護士事務所で通訳・翻訳業務に従事。帰国後独立し、祐木亜子事務所を設立。現在は早稲田大学大学院アジア太平洋研究科で現代中国について研究を続ける傍ら、中国古典の翻訳や講演・執筆活動を行う。